その設計は、「現状の最適化」に留まっていないか?[建築家・山﨑健太郎氏インタビュー]
Photo:内田麻美 Text:大島悠
「みらいの福祉施設建築」とは、どんなものだろう——本プロジェクトではこの正解のない問いと向き合い、模索を続けています。
2023年10月、ひとつのニュースが飛び込んできました。2023年度「グッドデザイン賞」大賞に、福祉施設である「52間の縁側」(デイサービスセンター)が選ばれたのです。
建築設計を担当されたのは、建築家の山﨑健太郎さん。山﨑さんには、「第3回 日本財団 福祉のデザイン 学生コンペ」の審査委員を務めていただきました。さらに「52の縁側」は2024年1月に発表された「2023年度 JIA日本建築大賞」も受賞し、注目を集めています。
地域にひらかれた福祉施設の設計を行うにあたり、山﨑さんはどのような“みらい”を思い描いたのでしょうか。今回は山﨑さんご自身が建築家として向き合っている、さまざまな問いを共有していただきました。
山﨑 健太郎(やまざき・けんたろう)さん
建築家/山﨑健太郎デザインワークショップ 代表取締役/工学院大学教授
沖縄の地域住民と琉球石灰岩を積んで建設した「糸満漁民食堂」をはじめ、斜面を活かした階段状の「はくすい保育園」、日常を感じるコモン型の「新富士のホスピス」、地域みんなの居場所である「52間の縁側」等でJIA日本建築大賞、グッドデザイン大賞、日本建築学会作品選集新人賞、iF DESIGN AWARD Goldの他、国内外のアワードで受賞多数。刺激的な建築であることよりも、子供から高齢者まで様々な人に受け入れられ、人生の一部となっていくような建築を目指している。
<関連リンク>
2023年度 グッドデザイン大賞
2023年度 JIA日本建築大賞
第3回 日本財団 福祉のデザイン 学生コンペ(自由討論レポート)
介護の姿勢と同じく「未来で待っている」建築を提案
—— 「52間の縁側」の設計段階で、どのようなことを考えていましたか?
山﨑健太郎さん(以下、敬称略):石井さんが、よく「介護は『待つ』ことが大事だ」と言うんです。だから建築も、未来で待っているようなものがいいと思いました。
建築において、設計デザインはごく一部にすぎません。設計のフェーズがあって、建設があって、そして運営があって、それがずっと続いていく。でも、設計段階で目の前の課題に対し最適化してしまったら、人が未来の大きな変化を掴み取りにくくなってしまいます。
建築を現状の最適化で終わらせないためには、運営フェーズのその先で、いろいろな人が集まって石井さんの活動を応援したり、この場所に希望を込めたりできる状態であることが大切だと思いました。
—— 「未来で待つ」とは、具体的にはどのようなことでしょうか?
山﨑:あくまで一例ですが、たとえば今回の建築に取り入れたカフェスペースなどは、そのとき関わっていた人たちだけでは実現が難しいことがわかっていて、現実的な最適解だけを見つめれば、設計者としてもNGを出すべき要素だったと思います。
でも建築さえあれば、未来で待っていたら、いずれ「そこで何かやりたい」と思ってくれる人との出会いがあるかもしれない。実際にこの建物が完成してから、カフェスペースをめぐってさまざまな人間関係が少しずつできているようです。
もちろん、設計者個人がそこまで見据えて、絶対的な責任を負うことは難しいとは思います。今回のプロジェクトでは、依頼者である石井さんご自身が「待つ」覚悟を持っていたのが大きかったですね。
建築を「現状の課題に対する最適化」で終わらせない
—— 福祉施設の設計を手がけてから、建築家として意識するようになったことはありますか?
山﨑:建築は、どこかで形を決めて固めなければなりません。その形——例えば壁によってゾーニングがされてしまい、意図せずその環境から誰かを排除する要因になってしまうかもしれない。僕は「新富士のホスピス」ではじめて医療施設の設計をしてから、明確にそうした怖さを感じるようになりました。
その問題意識を持ちながら、動かない空間としての建築を設計しつつ、主体はその場所を利用する人たちに手渡していく。これはとても難しい課題なので、僕もまだ何が正解なのかはわかっていません。
—— 「新富士のホスピス」を設計した当時は、どのようなことを考えていたのでしょうか。
山﨑:建築とはある意味、概念でもあると思うんです。ホスピスや病棟と聞くと、両側に病室が並んでいて、真ん中に長い廊下があって、そこをご遺体が運ばれていって——と、決して好ましいイメージはないですよね。でもそうした印象は、これまで作られてきた建築の様式が、知らずしらずのうちに影響を与えてしまっているものでもあります。記憶の蓄積です。
僕はホスピスを設計するにあたって、そこで最期を迎える人がどんなふうに送り出されたら幸せか、会いにいく家族が立ち止まり、気持ちを整理できる場所はどんなところかを改めて考えました。
こうした概念を話せば、おそらく「その方がいいよね」と、みんな理解してくれるはずです。でもそんな建築は見たことがないので、依頼者や利用者は「こういう空間にしてほしい」という具体的なオーダーはなかなかできません。だからこそ、僕は設計者として新しい概念を提示していきたいと考えています。
—— 「建築を現状の最適化で終わらせない」というお話にも通じることですね。
山﨑:最適化しすぎると、建築がただの「便利なもの」になってしまいがちです。建築側から「何かしてあげる」感覚が強かったり、利用する人への働きかけ方を誤ったりしてしまうと、設計者も気づかないうちに、分断や、特定の人の排除を引き起こしかねないので気を付けたいと思っています。
希望を込めて、ずっと先の未来に向かい「手放す」
—— とはいえどうしても、今目の前にある課題をどう解消するかを考えてしまうケースが多いように思います。山﨑さんはどのようなレイヤーで課題を捉えているのでしょうか?
山﨑:建築は常にそこにあって環境を作る要素の一つになりますから、非常に長い時間を包括するものであるべきだと考えています。そのためには、未来に向かって「手放す」ことも必要だと思っています。
僕は、ホスピスとデイケアセンターを設計するにあたって、医療や介護に従事する人たちからさまざまなお話を聞いてきました。
例えば介護者の方は、目の前にいるおじいちゃん・おばあちゃんたちをなんとか幸せにしたい一心だし、子どもを対象としているNPO法人のスタッフは、何より小さな子どもたちのことを真剣に考えています。だから個別の課題にばかりフォーカスしてしまうと、どうしてもすれ違いやハレーションが起きてしまうんです。
また現場で働く人たちには、これまでの経験値があります。これまでも設計に対して、医療・介護従事者としての経験からご意見をいただいたことがありました。
もちろん、現場で働く専門家のみなさんのご意見にはしっかり耳を傾け、尊重して設計の提案をしています。ただその一方で、今いただく意見はあくまでも現時点での常識や価値観、もしくは死生観などのうえに成り立っているものだとも考えています。
20年、30年、もしくはもっと先の未来はどんなあり方が当たり前になっているか、それは誰にもわからないことなんですよね。
—— だからこそ新しい概念を提示して、それを体現する建築を設計しようとしているのですね。
山﨑:あくまでも僕の設計の仕方ではありますが、過去の経験から導き出されるものは、どちらかといえば手放した方がいいと思っています。
「手放す」という表現は、ちょっと無責任に聞こえるかもしれないので言い換えると、「希望を未来に込める」かもしれません。
新しい概念を提示して空間を作り、そこを利用する人たちが少しでも新たな良い経験をして、「この場所はこういうところなんだ」と記憶してくれるなら、一歩前に進めると思うんですよね。
もちろん、それが実際にどのような効果を生むのかは誰にもわかりません。正解がわかっていたら、もう世の中にそれができているはずですから。
ただ、建築ではなく人間の方が変わっていくのだと思います。一度決めてしまった建築の形はもう変えられませんが、新しく人の記憶が蓄積されることで、空間に宿っていくものがあると、僕は考えています。
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