日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト 特別企画

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福祉施設の設計者として大切なこと——第3回 福祉のデザイン学生コンペ 自由討論レポート

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2023年11月10日(金)、「第3回 日本財団 福祉のデザイン学生コンペ」の審査委員と1次選考通過者が一同に会して、2次審査(公開審査会)・表彰式を行いました。ここでは参加者5組のプレゼンテーション終了後、審査委員と参加者全員で行われた自由討論の様子を、一部ダイジェストでお伝えします。

議論を通して、今回の審査がどのような視点で行われたのか、上位作品が評価された理由などに加え、これから設計者として「日常の福祉『施設』」と関わるうえで、向き合っていくべき大切な問いが示唆されました。


※プレゼンテーションに挑んだ5組の学生のみなさんの作品と、そこに込められた想いはこちらの記事でご紹介しています。合わせてご覧ください。
※自由討論を含む当日の模様はすべて、YouTubeでご視聴いただけます。

▲審査委員の3人。左から冨永美保さん、山﨑健太郎さん、福田英夫(日本財団)。

全員が車座になり、同じ目線で「福祉施設建築」について考える

山﨑さん(以下、敬称略):まずはみなさん、プレゼンテーションお疲れさまでした。今回の自由討論は冨永さんの提案で、全員が車座になって話すことにしました。コンペという形式上、これから僕たちが審査をして賞を決めることになりますが、どの作品がいい、どちらの方が優れている……という話ではありません。

審査委員であるとはいえ、僕たちも福祉施設の建築に関しては模索していることばかりです。だから今日は全員同じ目線で話していければと思います。

冨永さん(以下、敬称略):私も、とても難しい審査になるだろうと思っていました。そうした中でも一次審査を通過したみなさんの作品からは、それぞれの土地やそこで暮らす人たちの生活、利用者の方が直面する具体的な障害に対しての回答を空間で示そうとする意志を感じました。どれも、「本当に実現できそう、できたらどうなるんだろう」と思わせてくれる作品でしたね。

福田:日本財団ではさまざまな福祉事業と関わる機会があるのですが、みなさんの作品には従来の福祉のあり方や、現行制度の枠を超えた提案があり非常に面白かったです。

建築が一方的な“サービス”になっていないか?

山﨑:先ほど、プレゼンテーションの中で冨永先生から「建築が準備しすぎているように見える」という指摘がありました。これは、これから福祉施設に関わるうえで、設計者が考えなければいけないことの一つだと感じています。人間と建築のバランスをどうするか、ですね。

模型を見るとはっきりわかるのですが、利用者さんのスペースが守られているように見える、つまりその建築を利用する人が「ここはこういう場所」と、知らず知らずのうちに認識をしてしまう建物がある一方で、それぞれの空間の領域がうまく溶け合っている作品もあるように思います。

冨永:もし自分が動けなくなって誰かにケアしてもらわないと生活できなくなったとき、何かに一から十まで守ってほしいかと考えると……決してそうではないと思うんです。

福祉施設の利用者は守るべき存在かもしれない。でも一人の人間の生き方としてはどうしても葛藤が生まれる。だから、建築が人間に対する一方的な“サービス”になってしまうのではなく、例えばその建物で暮らす人たちがいることで、他の誰かに対していいことが生まれる——設計側にも、そんな視点や工夫があるといいですよね。

これから必要とされる「福祉」とは何だろう?

福田:みなさんのお話を聞きながら、私は改めて「福祉とはそもそも何だろう」と考えていました。これまでの福祉というものは、資本主義社会の中で生じた経済格差などを背景に、困った人たちに手を差し伸べるところから生まれたものだと認識しています。

しかし時代はどんどん変わっていますので、いま、日常の中にある福祉を考えるにあたり、「一方的に守る」「何かをしてあげる」といった福祉のあり方や概念、制度の壁をどう超えていくかを考えていく段階にきているのかもしれません。

山﨑:設計者として、福祉施設をどこまで社会にひらくのか、そしてどこまで利用者を守るのか、その塩梅は非常に難しい課題だと思います。

これからの福祉施設が「サービスを受ける」ところではなく、「人が暮らしを取り戻していく」場所であるとするなら、設計者としては、建築の余白や余地、あるいは人間の曖昧な部分をどう消化していくかが大きなテーマになっていく気がしています。

最優秀賞選定の理由は「強い共感力」

福田:2作品選ぶとすると、北林さんの「混色する小さなせかい~横浜市黄金町の障がい者表現支援施設~」と、宮澤さんの「テーブルみたいな福祉施設」でしょうか。甲乙付け難いですが、実際に現場を歩き、その地域の人たちの話を聞いて、その地域のあり方を考えたうえでの提案で、リアリティがありました。

冨永:私も、設計の構成力とデザイン性だけで評価すると、正直なところ北林さんの作品がトップになると思います。ただ私が今回評価したいのは、小山さん・永井さんの作品です。二人が提示してくれた建築からは、自分自身も当事者としてそこにいられる感覚をすごく強く受けました。

抽象的な評価になってしまいますが、建築が環境化しているところがすごく良い。そこで時間を過ごした結果、人もその環境の一部になれそうですよね。私自身も、そうした建築を作れたらいいなと思っているので。

山﨑:単純に建築デザインだけで競い合った場合はこの作品、またコンセプトが異なるコンペだったらこの作品……と、視点によって評価は変わってきます。

ただ今回は、日本財団が主催する福祉施設の学生コンペであることをふまえると、最優秀賞候補に挙がるのは、僕も小山さんと永井さんの「郷生ー診察とお茶会とおしゃべりとー」かな、と。

他のお二方も迷われていたと思いますが、今回は提示された建築設計の完成度だけではなく、作品の背景にあった設計者の迷いや葛藤も含めて評価したいと考えます。特に僕がこの作品に感じたのは、強い「共感力」でしょうか。

それは、これから私たち設計者が福祉の世界で仕事をしていくために、非常に大切になることだと思います。


▼「第3回 日本財団 福祉のデザイン学生コンペ」最終結果はこちら
https://fukushi-kenchiku.jp/student/
※プレゼンテーションに挑んだ5組の学生のみなさんの作品と、そこに込められた想いはこちらの記事でご紹介しています。合わせてご覧ください。
※自由討論を含む当日の模様はすべて、YouTubeでご視聴いただけます。

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