日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト 特別企画

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日常の福祉「施設」とは何だろう?——第3回 福祉のデザイン学生コンペ 作品に込められた想い

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2023年11月10日(金)、「第3回 日本財団 福祉のデザイン学生コンペ」の審査委員と1次審査通過者が一同に会して、2次審査(公開審査会)・表彰式を行いました。ここでは当日、プレゼンテーションに挑んだ5組の学生のみなさんの作品と、そこに込められた想いを一つひとつご紹介します。

今回、審査会の中で審査委員の先生方からも繰り返しお話があったように、最終的にコンペとして1位・2位を決定しましたが、2次審査に残った5作品には全て、それぞれに優れたポイントがありました。福祉建築に興味をもっている学生のみなさん、ぜひ今後の参考にご覧ください。


※審査委員と学生のみなさんとの自由討論の様子は、こちらに掲載しています。ぜひ合わせてご覧ください。

作品名「テーブルみたいな福祉施設」
代表者:宮澤諒(ミヤザワ リョウ)さん/法政大学大学院

横浜市の郊外住宅地である上郷地区を敷地とし、ハンナ・アーレントの言葉にヒントを得て設計された、障害者支援+高齢者福祉「施設」です。

■代表者コメント

私が建築設計について考えるとき、よく“テーブルのようなもの”に行き着きます。円卓を囲んで一緒に食事をする、大きなテーブルを囲んでものづくりをする——"テーブル”を介することで、私たちは関係を結ぶと同時に、適切な距離を保つこともできるのではないでしょうか。そんなありようを、私の建築設計の道標としています。

私は小学生の頃から、横浜市の郊外住宅地である「上郷」で生活をしてきました。そのまちにもさまざまな福祉施設がありますが、それらをより日常に編み込むにはどうしたらいいのか考えたとき、福祉「施設」がまちの中で“テーブルのように”人々の間に位置するような建築を目指して今回の作品を設計しました。

今回のコンペへの挑戦は成果物以上に、これから必要とされる福祉施設を中心に、社会に開かれた建築設計のありようについて考えを深め、向き合う良い機会となりました。

作品名「郷生ー診察とお茶会とおしゃべりとー」
代表者:小山咲紀子(コヤマ サキコ)さん/信州大学
共同制作者:永井志保(ナガイ シホ)さん/信州大学

限界集落への道を辿る小さな郷において、予防医学を推進する機能を診療所に付与。従来通りの施設ではなく、日常の延長線上にある“福祉の場所”を目指した作品です。

■代表者コメント

今回のコンペのテーマである「日常」とは何かを考えたとき、どの人の視点に立って考えるかによって、そのあり方は人によって全く違うものになると思いました。そこで、どのような施設があるとより良い福祉を受けられるかを考えていきました。

対象敷地とした遠山郷では、多くの高齢者を含む住民の方々が、自らの力で生活をしています。できる限り今の生活を変えることなく、みなさんが最期のときまで暮らしていくために、建築がどのような手助けをすることができるのかを模索しました。

設計を行うにあたり、そこで暮らす人たちの行動を細かく観察・調査しました。そのうえでいずれの建築も住宅に近いスケール感に収まるように設計し、日常の行動と敷地内での予防医療を促進する行動が円滑に接続されるよう意識しています。

これからも、建築が医療や福祉をどのように手助けすることができるのか、考え続けていきたいと思っています。

作品名「『島に住む』身体障害者福祉」
代表者:大竹健生(オオタケ ケンセイ)さん/佐賀大学大学院
共同制作者:島渕滝平(シマフチ リョウヘイ)さん/佐賀大学大学院

佐賀県唐津市高島を敷地とし、離島の環境を最大限に取り入れた福祉施設。利用者一人ひとりに居場所を提供することを目指した作品です。

■代表者コメント

今回、作品の対象地域とした離島では、少子高齢化やインフラの老朽化など、今後数十年で美しい環境や独特のコミュニティが失われてしまう状況にあります。そこで私たちは、障害者福祉の視点から島の価値について考察することにしました。

日常のある福祉「施設」とは、施設利用者が異なる人とネットワークを築いたり、居場所を選択したりしながら1人ひとりが異なる生活圏を築き、多種多様な行動を生む場である——そう捉えることで、施設外の環境も活かし、利用者に島でのさまざまなつながりや居場所を提供するプログラムを考えました。

設計の際に強く意識したのは、島の中に存在する狭いコミュニティにおいて、障害者の方が過ごしやすい居場所を提供しつつ、そこで暮らす島民のみなさんの日常の居場所にもなるような、両者をつなぐ空間づくりです。

このコンペを通して、もともと好きで通っていた離島を、また異なる視点で見つめることができました。

作品名「五感をめぐるまちのシークエンス -社会との距離感を探る介護のケアライン-」
代表者:松井優磨(マツイ ユウマ)さん/早稲田大学大学院

都市部の高架下エリアに着目し、利用者が自分の意思で、自由にまちと関われることを目指した作品です。

■代表者コメント

日常のある福祉「施設」とは、家と施設との往復のみで完結せず、その人の意思で自由にまちと関わることができるようなものではないかと考えました。そこで今回は、まちとの接点を持つ場所として高架下の細長い敷地を選択しました。敷地に接する公園や街路のような周辺環境を引き込むと同時に、距離も取れるよう、利用者にとって活動の選択の余地があるようにしたいと思いました。

設計にあたっては、利用する人がもっとまちを散策したいと思えるようなシークエンスを作ることに力を入れました。直線的な形状である高架下に、風景が変わっていくようなしつらえを施したり、まちの活動が見えやすくなる要素を反映したりしています。

断面計画には非常に苦労したため、反省点も残っています。しかし今回のコンペを通し、設計者として、施設の利用者だけではなくすべての人にとっての健康や生活のあり方に目を向けるよい機会となりました。

作品名「混色する小さなせかい~横浜市黄金町の障がい者表現支援施設~」
代表者:北林栞(キタバヤシ シオリ)さん/東京理科大学大学院

アート活動が盛んな神奈川県横浜市黄金町を敷地に選び、施設と街が関わるきっかけが生まれる空間づくりを目指した作品です。

■代表者コメント

もともと福祉に興味があり、2022年からこのコンペに参加しています。私は、日常のある福祉「施設」を、利用者さんの暮らしの延長線上にあるような場所でありながら、周りにいる人々が彼らの続ける生活を受け入れて、一緒に支えていくことができる一つの街のようなものであると捉えています。今回はアート活動が盛んな街である黄金町を敷地として選び、施設と街の間にある境界をなるべく柔らかいものにして、両者の関係性を構築するきっかけにしたいと考えました。

施設が街に対してどこまでオープンであるかを決定するのに苦労しましたが、利用者さんの安全を確保しながら居場所の選択肢を作ることを念頭に置いて、なるべく施設を閉じないように設計をしています。実際の生活を細かく想像しながら設計を進めることで、より説得力のある空間を作ることを目指しました。

いずれこうした福祉施設で生活する可能性は、誰にでもあります。コンペを通して、幅広い意味での「福祉」や、施設利用者の日常について深く考えることができました。

審査結果/最優秀賞受賞者インタビュー

▲自由討論会の様子(当日の模様はYouTubeにて公開されています)

審査会当日、学生のみなさんによるプレゼンテーションが終了した後、審査委員の3名と5名の参加者が車座になって自由討論が行われました。

自由討論を経た審査の結果、最優秀賞は小山咲紀子さん・永井志保さんの「郷生ー診察とお茶会とおしゃべりとー」、優秀賞は北林栞さんの「混色する小さなせかい~横浜市黄金町の障がい者表現支援施設~」に決定しました。

最優秀賞に選ばれた小山さん・永井さんには、表彰式終了後に改めてお話を聞きました。最後に、お二人のインタビューをお届けします。

▲小山咲紀子さん(左)と永井志保さん(右)

看護学科から建築の道へ。「医療の側にある建築」と向き合う

—— 受賞おめでとうございます! まずは、今回の作品を設計された小山さんにおうかがいします。福祉領域の建築設計に興味を持ったきっかけは何でしたか?

小山さん(以下、敬称略):実はもともと、信州大学 医学部の看護学科に在籍していて、医療従事者を目指していたんです。ただ学ぶうちに、別の領域から医療をサポートできないかと考えるようになりました。

その後、今回の作品で対象敷地に選んだ遠山郷を訪れる機会があり、医療の側には必ず建築がある——と、ふと感じたことをきっかけに、建築設計の道に進むことにしたんです。

—— 受賞作品には、そんな小山さんの想いが詰まっていたんですね。共同製作者の永井さんは、どのような経緯でコンペに参加したのでしょう?

小山:私から声をかけました。彼女には、コンセプトを図面に落とし込み、人に伝えるために表現する力があると思っていたからです。実際に作品をつくるにあたって、私の考えに共感してくれたうえで、それをより伝わる言葉や表現にブラッシュアップしてくれました。

永井さん(以下、敬称略):彼女(小山さん)が本当に悩みながら真剣に作品と向き合っていたので、それを表現するために、自分には何ができるだろう——と考えながらサポートしていました。

—— 表彰式の際に審査委員長の山﨑先生から、「これから建築家としてどのように責任を持ち、社会に対してどのようなメッセージを発信していくか」という大きな宿題を投げかけられていたかと思います。そうしたメッセージや本日みなさんと議論したことも踏まえて、今お二人が感じていることを教えてください。

小山:まだそもそもの設計者としての実力が足りていないので、いつか責任をもって発信していくためにも、まずは建築そのものの力をしっかり引き出せるようになりたいです。これからも建築設計について、さらに学びを深めていきたいと思いました。

永井:私は一人で設計を担うことにハードルを感じていたのですが、今回みなさんといろいろなお話をして、一人ですべてをカバーしなくても関わり方があること、設計ですべてを満たさず利用者の力を信じてもいいことなど、いろいろな気づきを得られて良かったと思っています。

—— ありがとうございます。改めて、本日はお疲れ様でした!


※審査委員と学生のみなさんとの自由討論の様子は、こちらに掲載しています。ぜひ合わせてご覧ください。

痛みも、希望も、未来も、共に。