日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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古民家を再生し、地域にひらく——福祉拠点「あるきだす」が目指す未来

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」では、第1回・第2回の公募を経て、9団体に対する助成を行ってきました。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2023年8月に本プロジェクト初の開所を迎えた、特定非営利活動法人縁活が運営する拠点「あるきだす」を訪問しました。

「農業」と「食」を軸に障害者就労支援に取り組む

JR京都駅から各駅停車の電車に揺られること約30分。滋賀県の南部に位置する栗東(りっとう)市の金勝(こんぜ)地域 成谷(なるたに)は、さらに車で10分ほど移動した場所にあるのどかな農村集落です。

この集落にある築100年を超えた古民家を改修してつくられたのが、第1回公募で採択された福祉拠点「あるきだす」(就労継続支援B型)。もともと15年前からこの地域で障害者の就労支援事業と共同生活援助事業を行っている縁活が、2つ目の拠点として利用する計画でした。

縁活は障害者福祉事業者であると同時に、法人として農業にも取り組むほか、食品加工場とカフェを運営しています。自然栽培にこだわって利用者のみなさんと共にさまざまな農作物を育てており、1つ目の拠点である「おもや」のカフェでは、農園で採れた新鮮な季節野菜を味わうことができます。

カフェとして地域の人たちが集う場にもなっている「オモヤキッチン」(写真提供:縁活)

しかしもともとの拠点である「おもや」は市街地に位置しているため、農村地域での活動が拡大するにつれ、農作業をする利用者が昼食を取ったり、休憩したり、他さまざまな活動をする場所が必要となったそうです。そこで今回、新たな拠点が設けられることになりました。

農園で働き、拠点に集う日常

縁活の第2拠点「あるきだす」の施工は順調に進み、2023年8月1日に開所の日を迎えました。取材におうかがいした11月時点では、約10名ほどの利用者が日常的に拠点を使っている状態でした。

取材当日、拠点に到着したのはちょうどお昼どき。近くの農園で作業している利用者のみなさんが、昼食を取るために「あるきだす」に戻ってきました。

お昼休憩中の利用者のみなさん。第一拠点の「おもや」と比べると広く開放的な空間であるため、テレビを見たり、おしゃべりしたりしながらゆったり過ごせる。一人になりたいときは、2階の部屋を利用することも可能
建物裏手の庭はさえぎるものがなく、広くオープンなスペースとなっている。この日は一人が焚き火をはじめ、そこに一人、また一人……と、自然に人が集まっていた

休憩が終わると、また全員で車に乗り込み、農園へと戻っていきます。第2拠点から農園までは車で約10分ほど。以前と比べると、移動距離はおよそ半分になったそうです。

この日はさつまいもを収穫! 立派な「紅はるか」。さまざまな種類の農作物を育てていて、2年前から新たに挑戦中なのはワイン用のブドウだそう

自分もワクワクできることを仕掛けて「関わる人」を増やす

しかし「あるきだす」は、福祉施設としての機能のみに限定された建物ではありません。

農業に従事する人たちが作業したり、地域の人たちが集まって小さなワークショップをしたり、ときには宿泊場所として利用したり、縁活以外の団体(空き家活用に取り組むNPO法人「くらすむ滋賀」)に所属する人たちが常駐していたりと、その活用方法は自由かつ多様です。

この新拠点ができたことによって活動がどのように変化したか、縁活の代表である杉田健一さんに改めてうかがいました。

杉田健一さん

「本当は『福祉を提供している』という感覚がなくなった方が、いいと思っているんですよ」

今度、地域の人と野染めのワークショップをすること。毎週水曜日にコーヒー好きの人にマスターをしてもらうことになり、チラシを作ってみんなで配りに行ったこと。地域の発信をするために過去2回開催した「フォレストマーケット」を、今年はこの拠点を活用して開催したこと。利用者の一人が描いたイラストをTシャツにしたこと。「農泊」についての作戦会議を進めていること——。

「あるきだす」の活用について質問したところ、次々と飛び出す話題。杉田さんはとにかく楽しそうに、いろいろな話をしてくれました。

「福祉領域の課題を起点にするのではなく、自分もワクワクできることをしたいんですよね。そうじゃないと、関わる人が増えていかないでしょう? 自分たちの団体・組織を大きくしていくことよりも、おもしろがって関わってくれる人を増やしていくことが大切だと思っているんです」(杉田さん)

そんな杉田さんの活動に惹かれて「関わる人」の一人になったのが、ほかでもない「あるきだす」の設計者である、栗東市在住の建築士・木村敏さんです。

木村敏さん(b.i.n木村敏建築設計事務所)

木村さんは栗東市の空き家問題に取り組む「NPO法人くらすむ滋賀」のメンバーでもあり、栗東市で開催されたまちづくりに関するイベントで杉田さんに出会いました。福祉拠点として古民家を活用できないかと考え、2021年6月、木村さんの方から杉田さんに「一緒に活動しないか」と声をかけたそうです。

「以前はホテルなどの大きな建造物を設計する事務所にいたこともあるのですが、もっと身近な建物、そこに住む人に喜んでいただけるような住宅をつくりたいと思い、独立しました。以来、木造住宅を多く手がけていて、空き家問題にも取り組むようになったんです」(木村さん)

福祉施設を手がけたのは今回が初めてだといいますが、古民家の再生と向き合ううち、木村さんは、半分が仕事場、もう半分が住まいとして利用されていた1970年代の農家住宅としてのあり方が、縁活が行っている活動を支える、小さな福祉拠点としての最適解になるのではないかと考えたそうです。

もともとあった土間を活かしたキッチンスペース
縁側に面した扉を開け放つと、向こう側を見通せる。もともと裏手にある庭には目隠しをするような植栽があったが、住居ではなく拠点として利用するにあたりすべて取り払い、あえて外からの見通しをよくした

福祉は暮らしの中の“接着剤”のような存在

「あるきだす」の設計に関して、今回は古民家の再生と活用も一つの目的となっていたため、杉田さんも木村さんも、「福祉施設を建てる」という意識はそこまで強くなかったといいます。

「杉田さんも、縁活の活動に合わせすぎるのではなく、再生した古民家に縁活の活動をフィットさせていくような考え方をしてくれていました」(木村さん)

すべて新しい木材に入れ替えるのではなく、これまでの建物の歴史、暮らしてきた人たちの思いなどに耳を傾ける「住まいの記憶史調査」を丁寧に行ったうえで設計。縁活のこれからの活動による変化や、さらに数十年先の未来へバトンをつなぐことも想定した余白が残された建築となっている

杉田さんは、福祉の存在を、暮らしの中の“接着剤のようなもの”であると考えているそうです。取材をしながら、建築そのものにもその考え方が色濃く反映されているように感じました。

「あるきだす」というひとつの小さな福祉拠点が完成したこと、またそれが地域に対してしっかりと「ひらかれた」建築であったことにより、周辺の人たちの動き方や、関わる人たちが過ごす環境などが少しずつ変化しているのだと思います。そしてこれからも、そうした変化がかたちを変えて続いていくのでしょう。

 


 

福祉施設を「地域にひらく」とは、どういうことか。施設に集う住民と、利用者のつながりをどのように生み出せばいいのか。時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるにはどうすればいよいか。「みらいの福祉施設建築」とは何か——。

どの問いにも、明確な“正解”はありません。また支援対象とする人や地域により、必要とされるニーズや目指す姿はそれぞれ異なるものです。

それぞれの団体が歩みを進めるストーリーから、みらいの福祉に携わるみなさんが、何かしらのヒントや気づきを得ていただけたらうれしく思います。

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事業DATA

「集落に繰りだす福祉 溶けこむ施設」(第1回採択事業)

■実施事業団体:特定非営利活動法人 縁活
https://enkatsu.or.jp/

■設計事務所:b.i.n木村敏建築設計事務所
https://bin-kimura.com/

※記事中の情報は2023年11月時点のものです。

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