誰にとっても居心地の良い「居場所」をつくる——利用者に寄り添う複合型福祉施設「深川えんみち」
Photo:内田麻美 Text:大島悠
2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」では、第1回・第2回の公募を経て、複数の団体に対する助成を行ってきました。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2024年5月、東京都江東区にフルオープンした、高齢者デイサービスと学童保育クラブ、子育てひろばを含む複合型福祉施設「深川えんみち」を訪問しました。
東京・下町の土地柄を活かした地域の福祉拠点
東京メトロ門前仲町駅で下車して下町らしい風情が残る深川の商店街を歩き、参道に続く石畳の路地を入っていくと、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。富岡八幡宮と深川不動堂の間、深川公園のエリア内に位置する特殊な敷地にオープンしたのが、第1回公募で採択された「深川えんみち」です。
運営元は、この地で宣教をはじめてから100年以上の歴史をもつ教会を母体とした、社会福祉法人聖救主福祉会。1990年代以降「赤ちゃんからお年寄りまでいろいろな人が一つ屋根の下で暮らせるように」と、幅広い福祉事業を展開し、地域の総合福祉センターとしての役割を果たしてきました。
今回のプロジェクトでは、江東区冬木にある「まこと地域総合センター」から、高齢者向けデイサービスおよび子育てひろば(運営元:聖救主福祉会)と、学童保育クラブ(運営元:NPO法人 地域で育つ元気な子)の3つの機能を移転しました。
移転先として選ばれたのは、1976年に幼稚園として建てられ、1994年からは斎場として使われていた、地域とも縁の深い建物です。
高齢者と子どもたち、地域の住民が日常的に行き交う
移転前の建物ではデイサービスと学童保育でそれぞれフロアが分かれており、なかなか双方の利用者が触れ合う機会が生まれにくかったそうです。
深川えんみちでは、学校や遊びから帰ってきた子どもたち、また図書館を利用する地域の人たちが1階の通路を通り抜けられる構造になっているため、デイサービスの利用者と日常的に顔を合わせ、あいさつを交わし合う自然な動線ができています。
2024年5月現在、デイサービスの利用者は一般型が23名、認知対応型が12名。学童保育クラブの利用児童は130名を超えています。都内では過子化が課題となっている地域が多く、ライト学童保育クラブは近隣の子どもたちの貴重な居場所となっています。
徹底した「利用者目線」で設計された複合型施設
対象の異なる複数の福祉機能を有する施設の運営は、決して容易ではありません。しかし深川えんみちの運営に携わる団体のみなさんには、20年以上にわたり共に地域の総合福祉センター内で協働してきた実績がありました。
「確かに、関係が希薄なまま複合型施設を一緒に運営するのはハードルが高いかもしれません。その点、私たちは団体こそ別になっていますが、ずっと同じ建物内で地域の福祉事業に取り組んできているので、お互いの存在がもう当たり前になっていますね」(小久保さん)
テーブルを囲んで和やかにお話されるみなさんの間には、一朝一夕では築くことができない信頼関係があるように感じました。先にご紹介した団体のビジョンを共有し、この地域の福祉のために長年心を砕いてきた人たち同士だからこそなのかもしれません。
そんなみなさんが今回の建物改修にあたって頭を悩ませたのが、福祉施設を「地域にひらく」塩梅の難しさだったといいます。
設計を担当した建築士の長谷川駿さんは、施設のセキュリティをどう担保していくべきか、建物が完成した今も考え続けているそうです。
「例えば1階のキッチンスペースについて、当初は間仕切りをして半分だけをまちに開けるようにすることも検討していました。
みなさんとの議論の結果、セキュリティに関する課題はソフト面でも解消できるのではないかという結論に至り、建築で仕切りを設けることはやめました。これから運用していく中で、引き続きちょうど良い開き具合を探っていけたらと思っています」(長谷川さん)
開放的なスペースで営業をするにあたり、一部の関係者からは不安の声も挙がったそうです。認知症を患っている利用者が出て行ってしまうのではないか。子どもたちの安全を守りきれるのか——。
しかし「利用者はそんなに管理された場所を望んでいない」と、徹底して利用者に寄り添う姿勢を示すのが、学童保育クラブを運営する押切道子さんです。
「これまでの福祉施設の多くは、事業者側が管理しやすい建築になっていたと思います。でも決して、管理しやすいから安全であるとは限りません。制約が増えることで、人が自分で何かをする力がどんどん下がってしまうのは本末転倒です。当事者である子どもたちも、誰もそんな環境を望んでいません。
施設の職員や保護者だけではなく、地域の大人たち一人ひとりが協力して子どもたちを見守る、自助努力を重ねることも大切だと思っています」(押切さん)
とはいえ、そうした環境を維持するハードルも多々あることでしょう。そこで、実際に深川えんみちで働く職員の方にも、移転してからの変化についてコメントをいただきました。
◆吉田知子さん(深川愛の園デイサービス 職員)
「移転前の建物で20年以上働いていたので、正直いろいろと不安がありました。特に認知症の方は混乱するかな?と心配していましたが、利用者のみなさんも職員も、思った以上にリラックスして過ごせているようです。
子どもたちや地域の人たちが行き交う環境は、すぐに日常になりました。セキュリティに関しては、私たち職員があらかじめ『ここはこういう(オープンな)場所だ』と認識し、アンテナをはっておくことでフォローできていると思います」
◆加藤幸太さん(ライト学童保育クラブ 職員)
「この施設は公園が隣接しているので、子どもたちが外で自由に遊べる時間が増えました。心なしか、みんなイキイキしているように見えます。また地域の人たちの日常がすぐ近くにあって、人とのつながりが生まれやすい場所でもあると思います。
学童は移転オープンして間もないですが、できる限り一人ひとりの子どもと向き合って、みんなにとって居心地のいい場所にしていきたいです」
福祉施設の中にも、ごちゃまぜで多様な「社会」が必要
「僕は働いている中で、この場所を福祉施設だと思ったことはないかもしれません」
これからの施設のあり方に話題が広がったときにそう話してくれたのは、学童保育クラブの施設長を務めている荻野貴大さんです。
「僕はここを、みんなの居場所だと思っているんですよね。家でもなく学校でもない、だから自分たちのことを『先生』と呼ばせてもいません。例えば不登校の子が勉強しにきたり、卒業生が立ち寄ったり、そういう場所になれたらいいなと思っています。
またこれから新しく関わってくれる人たちが増えていくと思いますので、子どもたちにはいろいろな大人と接点をもってもらいたいですね。地域の中で顔見知りの人たちが増えることで、自助だけではなく共助もできるようになってほしいです」(荻野さん)
誰にとっても、居心地が良いと思える居場所でありたい——。
お話を聞くなかで、みなさんが何度も口にされていた言葉です。「深川えんみち」の根幹をなす大事なキーワードであり、それを全員が共有できているからこそ、同じ方向を目指した運営が実現できているのでしょう。
「福祉施設の中にも、『社会』が必要だと思うんですよね。社会にはいろいろな人がいて、ときには揉めごともあるかもしれないけど、それがより『生きている』感覚や、居心地の良さにつながるんじゃないかな、と。だからこの場所のようにごちゃまぜな感じが、今求められているのではないかと思っています」(押切さん)
福祉施設を「地域にひらく」とは、どういうことか。施設に集う住民と、利用者のつながりをどのように生み出せばいいのか。時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるにはどうすればいよいか。「みらいの福祉施設建築」とは何か——。
どの問いにも、明確な“正解”はありません。また支援対象とする人や地域により、必要とされるニーズや目指す姿はそれぞれ異なるものです。
それぞれの団体が歩みを進めるストーリーから、みらいの福祉に携わるみなさんが、何かしらのヒントや気づきを得ていただけたらうれしく思います。
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事業DATA
「深川えんみち」(第1回採択事業)
■実施事業団体:社会福祉法人 聖救主福祉会
https://seikyusyu.or.jp/
■設計事務所:JAMZA一級建築士事務所
https://www.jamza.jp/
※記事中の情報は2024年6月時点のものです。
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