住み慣れた場所で、地に足のついた暮らしを続ける——地域の人たちと共に歩む福祉拠点「れんがの家」
Photo:内田麻美 Text:大島悠
2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」では、第1回〜第3回までの公募を経て、複数の団体に対する助成を行ってきました。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2024年2月、北海道河東郡鹿追町で開所した多機能型福祉拠点「れんがの家」を訪問しました。
北海道の広大な自然の中、街と農村地域の境目に生まれた新しい福祉拠点
北海道・とかち帯広空港に降り立ち、両サイドにどこまでも空と畑が広がる道を車で走ること約1時間。風景の向こうに、だんだん街との境目が見えてきます。この街のおよそ入口あたりに位置するのが、第1回公募で採択された「れんがの家」です。
運営元である特定非営利活動法人かしわのもりは、およそ5,000人が暮らすこの鹿追町で、2003年より訪問看護事業をはじめました。現在は訪問看護に加え、子どもを対象としたさまざまな支援事業、居宅介護支援事業、障害相談支援事業、デイサービスなどを展開しています。
本プロジェクトを通じて、昔から地域で親しまれてきた古い建物と敷地を活かし、認知症対応型デイサービスやカフェなど、複数のスペースを併設した多機能型の新しい福祉拠点がつくられました。
長年にわたり愛された建物をどう活かすか、住民と共に考えた
今回の「れんがの家」プロジェクトは、かしわのもりを運営する松山ご夫妻が、もともとの持ち主の方からこの建物と敷地を託されたことからはじまりました。しばらく空き家になっていたとはいえ、何世代にもわたって受け継がれてきたこの家は、地域の人たちにとっても馴染みがある場所だったそうです。
そんな建物を、20年来、地域で活動を続けてきたかしわのもりが受け継ぐことになったため、当初から地元の人たちからの期待が高く、町行政も協力的だったといいます。
かしわのもりでは採択直後から、住民が参加できる地域ミーティングやワークショップなどを積極的に開催してきました。特に地域ミーティングには毎回30名ほどの住民が集い、拠点のあり方について自由に話し合う場として機能していました。(地域ミーティングの様子は、こちらで詳しく紹介されています)
福祉の課題は起点にしない。人の暮らしと地続きのあり方を追求
第1回公募のプレゼンテーション時に発表された「まち化する福祉施設」「農村風景との接続」という言葉が、そのまま体現されたような場所。拠点を案内していただくにつれて「ここは果たして“福祉施設”なのだろうか?」と、不思議な感覚が湧き上がってきました。
建物と敷地が自然に地域の一部となっており、働く人や周辺に住む人たちの暮らしと地続きになっていることが、はじめて訪れた私たちにも伝わってきたためです。
このような場の構想は、どんな課題感から生まれたのか——そんな疑問を、訪問看護ステーションの所長を務める松山なつむさんに投げかけてみると、意外な回答が返ってきました。
「私たちは、課題を起点に仕事をしないようにしています。むしろ、それを一番大事にしているくらいです。課題解決型のスタイルで事業を進めようとすると、どうしても活動が小さくなる傾向があると、ある方から教えてもらったことがあります。
課題を設定してその達成度を都度評価していくのではなく、まず夢や理想のあり方を描き、それが実現するまでやり続けることを重視しています。だから今回も『この建物を受け継いでどう使おうか?』と考えるところからのスタートでした」(松山なつむさん)
それまでは、デイサービスをはじめようなんて全然考えていませんでしたから——なつむさんは、そう笑います。
課題を事業の起点にすると、その課題がどれだけ解消されたかを評価する必要が生じます。そうするとより達成しやすい課題が設定されるようになり、活動自体が縮小してしまう、という考えです。
「僕としても、建物と敷地全体を大事に受け継がせてもらった感覚の方が強いです」と話してくれたのは、法人の代表を務める松山雅一さん。とにかく前の持ち主であるご兄妹をがっかりさせては駄目だ、という一心で、れんがの家のプロジェクトに取り組んできたそうです。
福祉の課題を起点とするのではなく、大切に受け継がれてきた建物と土地を活かし、どうすれば地域の人たちの役に立つかを第一に考えてきました。
実は雅一さん、本業は大工であり医療・福祉の専門職ではありません。そのため自分がかしわのもりの活動を続けることを、迷った時期もあったそうです。
そんな雅一さんの支えになったのは、医師である村上智彦さんからかけられた言葉でした。
「村上先生が『あなたたちがやっていることは“まちづくり”なんだから、松山さん、大工さんがいていいんだよ!』と、力強く言ってくださったんですよね。先生との出会いがなかったら、今の自分は絶対にいないと思います」(松山雅一さん)
住み慣れた場所で暮らしていきたいと願う、地域の人たちと共にあり続けること。その理想を叶えるために、医療・福祉従事者ではない自分がここにいる。雅一さんは今も、そう考えて活動と向き合っています。
地域の人の生活の中に「れんがの家」がある。理念に強く共感
建物の設計を担当した山本郁江さんも、松山ご夫妻が描く理想のあり方に強く共感したといいます。なつむさんと共通の知人を介して出会い、今回はじめて、一緒にプロジェクトを進めてきました。
「おふたりの考え方が、とても素敵だなと。運営する側のやり方に、利用者を当てはめようとしないんですよね。みなさんの生活の中にこの場所があって、地域で暮らし続けていくために必要なケアをしていくという視点を大切にされているんです」(山本さん)
思い描く理想を設計に落とし込むフェーズで、苦労したのは現行制度の壁でした。目指すあり方は「家」であっても、建築としては「福祉施設」にあたるため、クリアしなければならない基準やルールが多々あったのです。
また古い家が持つものがたりをどこまで尊重するのか、施設としての機能をどこまで追求するかなどについても、度重なる議論が行われました。
「議論することは無駄ではないと思っています。スタッフも含めそれぞれが自分の意見を出し合いましたが、みんな本当に引かなかったですね(笑) でも山本さんのおかげで、本当に私たちが想像していた以上のすばらしい建物ができあがりました。
今、スタッフはみんな、背筋を正されたような気持ちでいると思います。これからこの場所を、自分たちが機能させていく役割を担うことになりますから」(なつむさん)
働くスタッフ一人ひとりの「暮らし」も大切にするために
なつむさんは、働くスタッフにも自分の人生や暮らし、自分自身の夢、やりたいことを大切にしてほしいと願っているといいます。
例えば、拠点の完成と共にオープンした「れんがの家Cafe」で店長を務める髙附孝子さんは、もともと法人の事務担当でした。カフェ運営は、いつかチャレンジしてみたいことの一つだったそうです。
「こんなに素敵な建物でカフェを開くなんて……と、正直プレッシャーもありました。でも実際に走り出してからは、お客さんに喜んでもらえるメニューを考えたり、イベントを企画したり、いかに活動を充実させていくかを一生懸命考えています」(髙附さん)
拠点の完成は通過点。地域の人たちと共に地に足のついた暮らしを続けていく
拠点の完成は、自分たちにとってあくまでも通過点である——松山ご夫妻は、何度もそう繰り返し話してくれました。建物は人の暮らしがはじまることによって、息づいていくものであると。
「この地域の人たちの暮らしはとても素敵で、日々の営みをおろそかにしないんです。地に足のついた暮らしから学びながら、働くスタッフも含めて、自分の人生や暮らしを大切にしてほしいと思っています。
食事に手を抜かない、人と人とのつながりを大切にする、そういったシンプルなことを一つひとつ大切にしながら、活動を積み重ねていきたいと考えています」(なつむさん)
福祉施設を「地域にひらく」とは、どういうことか。施設に集う住民と、利用者のつながりをどのように生み出せばいいのか。時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるにはどうすればいよいか。「みらいの福祉施設建築」とは何か——。
どの問いにも、明確な“正解”はありません。また支援対象とする人や地域により、必要とされるニーズや目指す姿はそれぞれ異なるものです。
それぞれの団体が歩みを進めるストーリーから、みらいの福祉に携わるみなさんが、何かしらのヒントや気づきを得ていただけたらうれしく思います。
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事業DATA
「まち化する福祉施設 レンガの家」(第1回採択事業)
■実施事業団体:特定非営利活動法人 かしわのもり
https://kashiwanomori.jp/
■設計事務所:株式会社トコト一級建築士事務所
https://tocotodesign.com/
※記事中の情報は2024年9月時点のものです。
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