日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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【後編】みらいの福祉施設建築ミーティング<フォーラム>報告

2024年7月6日に渋谷スクランブルホールにて「みらいの福祉施設建築ミーティング ―フォーラム—」が開催されました。そのレポートを3回にわたってお届けします。その第3弾です。

パネルディスカッション3
「みらいの福祉施設をどのように実現するか」

ファシリテーター

  • 日本財団 公益事業部 国内事業開発チーム リーダー 福田光稀

ゲスト

  • 認定NPO法人ホームホスピス宮崎 理事長・一般社団法人全国ホームホスピス協会 理事長 市原美穂氏
  • 株式会社SALHAUS 共同代表・建築家 栃澤麻利氏
  • 有限会社駒田建築設計事務所 取締役・東京藝術大学非常勤講師・明治大学兼任講師 駒田由香氏

登壇者自己紹介

福田光稀(以下、福田) 日本財団公益事業部の福田と申します。「みらいの福祉施設建築プロジェクト」を企画・運営しています。このセッションではこの助成プログラムをテーマにお話ししていきたいと思います。今回は、第2回と第3回で審査委員を務められた栃澤麻利さんと市原美穂さん、そして現在募集中の第4回の審査委員を務められる駒田由香さんにお越しいただきました。

「みらいの福祉施設建築プロジェクト」の公募の趣旨には“地域づくりの視点”だとか“福祉そのものが地域の日常的な風景の中に溶け込むような”など、地域という言葉がたくさん出てきます。つまり、福祉施設を“地域にひらく”ことをキーワードとした公募だといえます。そして、特徴を端的に言えば“福祉×建築”というコラボレーションであるということです。助成金の募集であると同時に、設計コンペでもあり、ソフトとハードの両面から審査を行うというがユニークな点だと思っております。昨年は竣工した事業がありませんでしたが、今年の2月から3月にかけて5カ所ほど開所を迎え、これから実例をご紹介できるようになってくると思います。現在は第4回の募集をしており、審査委員長は篠原さんにお願いしています。審査委員が今年ガラッと変わったのは、皆様ご存じの通りですね。

それでは、順番に自己紹介をお願いします。

福田光稀

栃澤麻利氏(以下、栃澤) 栃澤です。建築家として3人組でSALHAUSという建築の設計事務所をしています。このプロジェクトの審査を第2回、第3回と担当させていただきました。福祉施設の設計に多くの実績があるわけではなく、比較的大きな公共施設から戸建て住宅まで、さまざまなビルディングタイプの建築を全国で手掛けています。私が建築を通して福祉に対してどう考えているのかを少しお話しします。

まず1つ目は、埼玉県三郷市に建つ木造2階建ての建築です。ここは小規模多機能居宅介護支援事業所、訪問看護ステーション、訪問介護ステーション、居宅介護支援事業所の四つの事業所が入る複合建築です。この建物を設計するにあたって、大きな屋根の下にみんなが集まれる広場のような空間を内包した建築ができないか、その屋根付きの広場は地域の人も一緒に集まれる開かれた広場にならないかと考えました。広場の下で健康体操をしたり、食事をつくったり、こどもたちが遊びにきたり、くつろいだりできるような空間を目指して設計しました。

次に、現在設計中の長野県松本市にある県立松本養護学校についてご紹介します。ここは知的障害を持つ小学生から高校生が学ぶ学校で、将来自立するために生活の仕方を学ぶための寄宿舎も併設されています。設計しながらこどもたちの様子を見ていますが、障害を持つこどもたちの未来の学びにふさわしい空間とは何かを考えながら進めています。この学校では先生とこどもたちが楽しそうに日常を過ごしていて行くたびに感動するのですが、同時に、この子たちが高校生で卒業して社会に出た後にどのような現実が待っているだろう、とも考えます。福祉事業所を見学したりお話を聞いたりしていますが、「卒業してもこんな幸せな社会が待っているから大丈夫」と思える状況にはなっていないと感じるからです。その部分を担っていくために、この助成プログラムは福祉施設のハードとソフトを一体的に審査して助成する、という大きな目標を持っているのだと認識しています。こどもたちにとって、より良いみらいがつくれるように少しでもお力添えできればと、2年間審査委員を務めさせていただきました。

栃澤麻利氏

市原美穂氏(以下、市原) 市原です。福祉の視点から審査委員を務めています。私自身はあまり福祉畑という意識がないため、「みらいの福祉施設」というのはどうあったらいいのだろうと考えてみます。

ホームホスピス宮崎が設立されたのは1998年です。老いても、癌になっても、障害があっても、家にいたいと思ったら帰れる地域をつくっていこうというまちづくりです。「家に帰りたい人がいるのに帰れない」という事情があるなら、家のような雰囲気で最期まで過ごせるもう1つの家をつくり、そこに医療チームを派遣すればいいのでは?と考え、2004年に「かあさんの家」という終の棲家を開設しました。住宅地の中のごく普通の民家を活用した住まいで、最期まで暮らしの中で生き切ることを目指しました。当時は死は忌むべき出来事としてとらえられていましたが、人間の営みの一部として死を受けとめられればいいなという想いからでした。現在は宮崎市内に3軒の民家を借りて運営しています。

ここで大事にしているのは、“ともに暮らす”ということです。1軒に5人程度がともに暮らすこの家は家族がいつでも訪問でき、在宅医療チームも入り、医学生や看護学生の実習も行われ、地域社会にひらかれることが求められました。この仕組みは全国に広がり、現在68軒が開設され、7軒が開設準備中です。
この「かあさんの家」というホームホスピスを運営している間に、医療的なケアを必要とするこどもが増えてきたのです。これまで訪問看護で親たちの辛い思いにたくさん接してきたため、何とかサポートできないかと考え、2021年に在宅総合支援を目的とした「HALEたちばな」を立ち上げました。障害があっても当たり前に暮らせるように在宅生活を支える訪問看護が主体となった福祉強化型短期入所は、日本の中でも数えるほどしかありません。ほとんどの短期入所は呼吸器をつけた赤ちゃんや、30分おきに吸引が必要なお子さんなどのための医療型短期入所が主であり、それだと病院に入院することになり、本人もお母さんもそれを望みません。そこで訪問看護が主体となった福祉強化型短期入所を立ち上げたというわけです。まだ制度的には整っていないので報酬はとても低いですが、それでもそこにニーズがあるのであればチャレンジしていく必要があると思っています。誰もが住み慣れた場所で最期まで安心して暮らせるまちづくりが私たちの理念なのです。

みらいの福祉施設建築に関して、私が注目していた点を3つだけ挙げます。1つ目、ケアと空間は二本柱ですので、居心地の良い空間になっているかが非常に重要な視点と言えます。2つ目、助成金が高額であるため、少なくとも30年は継続できる組織運営体制があるかどうかも重要なポイントです。かつての審査では理事長の年齢を伺ったこともあります。3つ目は、前例のない新しいことにチャレンジする姿勢です。みらいを見据えるわけですから、わくわくするようなプランであることも大切にして、この審査に臨みました。

市原美穂氏

駒田由香氏(以下、駒田) 第4回の審査委員を務める駒田建築設計の駒田と申します。江戸川区西葛西にある設計事務所が入っている建物は自分たちで設計し、運営もしています。私たちは福祉の設計を専門にしておらず、主に集合住宅や住宅の設計を手掛けていますが、地域にひらいた、地域に貢献できるような建築を心掛けています。

ご紹介するのは、江戸川区で設計した住宅地にあるアパートです。自分たちのまちを建築によって少しでも変えられたらという思いで設計しました。この建物にはオートロックをあえて設けていません。1階のオープンスペースや2階テラス、屋上テラスなど、様々な場所に誰でも入ることができます。お店に立ち寄らずに、ふらっと来てこどもたちが遊びにきても大丈夫です。2つのアパートの間に「7丁目PLACE 」という路地のような場所をつくり、ここから店舗や住まいにアクセスする動線を重ねています。

1階店舗には地域の人気ベーカリーを自分で誘致をして入っていただきました。またコロナ前から自由な働き方ができる場所が地域にあればいいなと強く思っていたので、2階にコワーキングスペースをつくったのですが、開業から現在までずっと満席です。路地のような「7丁目PLACE」でのマルシェや、屋上テラスでのヨガ、こどもイベント、こども向け教室など、利用者に自発的にオープンスペースを利用していただけるようになりました。5年経った今、場を育てていくことで地域の価値が高っていくのを感じています。

福田 駒田さんに審査委員のお願いに行くとき、平日のお昼頃に地域の方々がどんどん集まってくる様子が見受けられ、本当に設計事務所が地域に溶け込んでいる感じがしました。

駒田 孫のセミ捕りにおばあちゃんが付き合っているのを見たこともあります(笑)。本当に誰でも立ち寄れる、ゆるやかな場所になったらいいなと思っています。

駒田由香氏

複数回の応募を経て採択に至る提案も

福田 市原さんと栃澤さんに審査委員をしていただいた第2回、第3回の審査を振り返り、お二人にお伺いします。申請事業数は第2回が292事業、第3回は116事業と申請事業が減りましたね。一次審査、二次審査と進めていただいた中で、審査を通して感じたことを自由にお話いただけますか?

市原 建築家の方々の視点から見る福祉施設についていろんな話を聞くのが刺激的ですごく楽しかったです。どのように福祉の空間ができていくのか知っていくと、福祉の現場では建築が意識されていないことも分かってきました。

福田 第3回は5事業が決定しましたけれども、特に印象に残った事業など、どれか1つでもお聞かせください。

市原 訪問看護ステーションが主体になって始めたいという短期入所の「すまいる畑」が印象深かったです。第2回は助成上限額の5億円に合わせて多くの施設をてんこ盛りにしたような応募があり、3回目はそういったものがなくなりました。すまいる畑は、身の丈に合った金額で応募してくださったという点が非常に印象に残っています。

栃澤 第1回目は応募件数が500件近くあったと聞き、応募数の多さに大変驚きました。第2回目は300件近くでした。手順として建築が先行して審査する形になりますので、まず建築専門審査委員が提出された提案をすべて確認して審査しました。そこで一定のレベルに達していないものはフィルタリングしていきましたが、明らかに助成対象にならないレベルの建築提案がかなり含まれていました。それで、どうやってこの助成事業の趣旨を理解していただき、応募提案書のクオリティを上げていくかを福田さんを含めて相談し、第3回目の応募前に本日のようなフォーラムを開催していただいたという経緯があります。その結果、応募件数は激減しましたが、第3回目の116件は提案レベルが高かったです。この助成審査を通して、福祉建築全体のレベルの底上げにつながっているのではないかと実感できたことがとても嬉しかったです。

印象に残っているのは、第2回で不採択にしたプロジェクトの事業者が、第3回で大幅にブラッシュアップして再応募してくださった、といういくつかのケースです。不採択理由はコメントとして伝えており、それに対して事業者や設計者が真摯に案を直して応募していただいています。医王寺会はそのうちの1つです。昨年不採択で今年再度応募しようと考えている方もいらっしゃると思いますが、ブラッシュアップされていることは確実に提案書から伝わると思いますので、ぜひご応募いただければと思います。

福田 コメントをお伝えしているというお話がありましたが、プレゼンテーションまで進まれた団体さんには審査委員からのコメントを結果の通知と一緒にお送りしています。建築の面だけでなく福祉の活動の面でも審査委員がコメントを書いてくださって、それを実際に生かして再度ご申請いただくパターンも少なくありません。第3回でご申請いただいた団体の約半数は、第1回または第2回、あるいは両方で一度ご申請いただいた方々です。ブラッシュアップされた案が出ているのは、このプロジェクトが回を重ねてきたからこそかもしれません。

「みらいの福祉」とは一体何なのか

福田 第2回、第3回に栃澤さんとともに審査委員をされていた藤原徹平さんは、「事業者と設計者がちゃんと時間をかけて話し合っているかどうかぱっと見てすぐ分かる」とおっしゃっていて、すごいなあと思ったのを覚えています。またお二人も経験を重ねられたからか、第3回では「これはもしかしたら福祉の先生のところでちょっと駄目かもしれない」といった会話が出てきていましたね。栃澤さんは一次審査でどのように見ておられたか、お話いただけますか?

栃澤 第2回の審査で、審査委員全員で議論していたのは「みらいの福祉とは何なのか」ということです。そこで建築側の審査委員も「これは福祉の事業として新しくないのではないか」とか、「この事業をやるためのこの空間は新しくないのではないか」とか、「地域のためになっていないのではないか」といった視点が生まれてきました。

実は第2回から第3回の公募の段階で、建築の審査委員からのお願いで提案書をA2用紙 1枚からA2用紙 2枚に増やしていただきました。2枚あると「この人たちはあまり事業者と話をしていないな」とか、「やりたい事業と空間が合っていないな」とか、「この人たちは本当に良く考えて、よく話し合って提案してきたな」といったことが見えてきます。応募される方のご負担は増えているとは思いますが、その結果、かなりレベルが高い提案が集まるようになりました。

福田 駒田さんはグッドデザイン賞の審査もされていて、建築の審査経験もおありかと思いますが、そうしたご経験からお二人に聞いてみたいことなどはいかがでしょうか?

駒田 グッドデザイン賞の審査をしていると、すでにある資料を貼り付けて簡単につくっているものと、しっかり検討を積み重ねられているものの差がよく見えます。お二人にお聞きしたいのですが、「ここがちょっと足りていないな」とか、「新規性のあるデザインだな」とか、何か大きくクローズアップされて見ていたところはありましたか?

市原 コンセプトに「地域にひらいて」という言葉がありましたけれど、時間をかけて、地域の方々を全部引き入れてワークショップをしながら自分たちが欲しいものは何かを積み上げてきている提案は、やっぱり強かったかなと思います。「オープンスペースです、みんな来ていいよ」という単純な話ではなく、その前のプロセスがあって初めてそこに人が集まってくると思いますので。

栃澤 第2回、第3回の審査で一番議論になったのは「みらいをどうつくっていくか」ということです。福祉は囲い込み型で、それを特段変えなくとも、補助金などもあるために運営していけるのですが、それをどうして、どうやって変えていこうとしているのかが審査のポイントです。来ている人たちが成長して次のステップに進んでいくためのプロセス設定や、それを運営側がどのようにサポートするかというビジョンです。変えようとしている兆しやビジョンのない事業者はすぐに不採択になった印象があります。

また、先ほど市原さんが「30年後も継続できるか」がポイントだとおっしゃっていましたが、その福祉事業者が本当に30年継続できる事業規模や内容になってるのかを見て、身の丈に合っていないのではないかというところは不採択にしました。建築が良かったとしてもです。事業者の身の丈に合わせて建築ももうちょっとコンパクトにつくった方がいいとか、事業内容も絞り込んだ方がいいよねといった意見を出し合いながら、どうやってみらいにつなげていけるのかを議論しましたね。

駒田 具体的に実現するイメージを持った上で、それを入念に検討してデザインにも仕組みにも反映しているかどうか、ですね。

福田 「地域にひらく」ということや「みらいの福祉建築プロジェクト」という名前からもわかる通り、みらいの福祉とは何なのかということは財団内でもずっと議論しています。そして、これをやればOKという答えはないだろうなと感じています。それぞれの地域のニーズが違えば、回答も異なってくるからです。

「地域にひらく」という観点で言うと、パネルディスカッション1の医王寺会さんのセッションの中で、具体的にどのようなことをやっているのかが示されました。単に「ひらいています、待っています」というのではなく、地域の方たちを巻き込みながら自ら出て行くという姿勢がすごく感じられました。継続的な仕掛けとしてのイベントを行ったり、様々な居場所をつくる仕掛けをちりばめたり、また医王寺会さんの場合はカフェも設計中で、地域の方々が集う拠点にされるというお話がありました。しかし、誰もがそれをやればOKというわけでもないというところが、非常に難しいと感じています。栃澤さん、そのあたりいかがでしょうか?

栃澤 先ほどの市原さんのお話にもあったように、第2回は助成額に上限があり、5億円の助成金額に合わせるために、カフェやこども食堂などを無理やり盛り込んだ案がたくさん出てきました。その反省と議論があって、やはり身の丈に合ったものを支援することが大切だと感じました。逆に、本当に必要であれば上限をなくして助成した方が良いのではないかという議論もありました。

その結果、第3回には助成額の上限がなくなり、自己負担割合が設定されたことで助成の仕方が大きく変わりました。取って付けたような提案も減り、本当に必要なものを必要だと思われる形で提案してくれるものが増えたと思います。

単にガラス張りにすれば良いとか、単にカフェや地域交流施設をつくれば良いということではありません。本当の意味で、地域との接点をどうつくっていくかが重要です。福祉は他の施設と違って、ただ単にひらいても居心地の良いものにならないという難しさがあります。地域の人たちと、障害を持っている人、サポートが必要な人たちとの接点を見いだし、それが地域のために繋がっていくためには、丁寧に設計する必要があります。それはハードとソフト両方の設計を意味します。皆さん、注意深く設計していただければと思います。

建築家と福祉事業者がともに一歩踏み出し、社会を変えていく

福田 身の丈に合うという話と、みらい的であるという話は、どのように噛み合っていくでしょうか?市原さんにお伺いしたいです。

市原 みらいの福祉施設建築プロジェクトの過去のアーカイブを拝見していて、とても感動した話があったのを思い出しました。児童養護施設の話です。かつては施設にいるこどもが友達と一緒に学校から帰る時、その養護施設の前を通り過ぎてから友達に「さよなら」と言い、ゆっくり一人で帰っていた、と。そして新しい建物が建ったら、その子は友達を施設に連れてくるようになったそうです。私は、それだ!と思いました。地域にひらくのはもちろんですが、使っている人たちが「自分の家はここだよ!」と自慢できるような施設になるということが、建築と福祉がともに進めるみらいのプロジェクトの核心だと思うんです。この話に感銘を受け、そうした視点で審査をしました。

福田 駒田さんは、ご自身がクライアント側と自ら設計をする2つの役割を同時に経験されているのが非常にユニークだと思います。理想的な建築家と事業者の関わり合いはどのようなものだとお考えですか?

駒田 福祉施設については、これまでは面白い建築が多いとは言えない状況でしたが、最近は意匠性だけでなく、仕組みの部分や地域コミュニティ、運営についても協働で考えている建築家が増えていると感じています。このプロジェクトに応募される福祉事業者の方は、設計だけを依頼するのではなく、企画段階から相談して、福祉だけではない様々な視点を取り入れておられるのだろうと思います。

福田 一緒にやっていくというところが、実は難しいところだと思います。専門領域の中から「私たちが考えているやりたいことはこうです、それを設計してください」というのは融合ではありませんしね。医王寺会さんのセッションを聞き、福祉事業者側も一緒に空間設計をする勢いで積極的に関わることが重要だと感じました。栃澤さんにお伺いしたいのですが、最近は建築の方たちが「福祉施設の設計は面白い」と感じるようになっている潮流などはあるでしょうか?

栃澤 建築業界では最近福祉建築が注目され始め、関わりたいと思われるフィールドになっていると思います。いろんな大学で設計課題の指導にあたる中で感じるのは、今の若い学生たちは福祉に本当に興味を持っていて、障害がある人や様々な生きづらさを抱える人たちに対して、自分たちに何ができるかを真剣に考えているということです。抵抗感や差別意識が少なく、ニュートラルな気持ちで向き合う若い人たちは確実に増えてきています。これまでの福祉建築は過去の事例や制度に基づいて、計画学的に設計されることが多かったと思いますが、今の若い人たちは福祉建築に新しい可能性を見出しているのだと思います。建築家が関わる物件も少しずつ増え、それが世の中に発信され始めていることもあり、潮目が変わってきた気がします。

ただ、今までうまくいっていた計画学的な型があるのに、それを変えるのは、設計者も事業者も勇気がいることです。本当に変えて大丈夫なのか、問題が起きたらどうしよう、と不安になることもあると思います。みらいの福祉施設をつくっていくには、事業者も設計者も一歩踏み出さなければならず、勇気が必要です。でもその勇気を持って社会を変えていこうとする事業者を後押しするのが、この助成プロジェクトだと思います。

福田 建築業界で福祉施設の受賞が近年増えているので、流れが変わっていることをぜひ皆さんにも見ていただきたいと思います。また、福祉側はこれまで建築にこだわることが少なかったかもしれません。現実的には資金面で難しいところが多くて、シンプルな箱ものになりがちです。

昨年同様、ここで福祉施設の皆さんにお伝えしたいことがあります。助成金の申請段階では基本構想くらいの段階でご申請いただくことが多いですが、建築家の方に初期のプランニングを無料でお願いしてしまう、といったことがよく聞かれます。クリエイティビティを発揮し、労力をかけて0から1を生み出していただいた部分ではありながら、そこについて我々は助成金を出せないので、事業者の方々がしっかりと基本構想の段階でフィーをお支払いする内容で契約していただくことが重要です。建築家の方はそれを言い出しづらいという声も届いています。計画される際にはぜひ、その点も考慮していただければと思います。

質疑応答

障害児通所支援事業所を運営している前期高齢者です。現状の施設を次の世代に渡すことを考えて募集したいと思いますので、理事長の年齢をご容赦いただきたいと思うのですが。また、施設の規模には制限があるかどうか教えていただけますか?

福田 施設の規模については、募集要項で言及しておりません。上限金額も下限金額もなく、ただ自己負担分20%がありますので、それぞれの事業者が自己負担できる額や実施活動の内容によって申請される事業規模は決まってくると思います。

視覚障害者が耳で焙煎するコーヒー焙煎を行っている事業所です。もう1つの法人で、視覚障害者が福祉型の短期入所を一般社団法人で行っています。短期入所とコーヒー焙煎を組み合わせた事業をやりたいのですが、2つの法人が関わっている場合、募集の応募のときの主体はどちらかの法人を選ばなければいけないのでしょうか?

福田 申請主体は1つになりますので、主たる事業を実施する法人からご申請いただきたいと思います。例えば、申請いただいた法人がその建物を建てても、中で運営される法人が全く別であれば、審査に影響が出る可能性があります。つまり、その拠点で実際に事業を行う主体的な法人からご申請をいただく形になります。1つの場所で2つの法人が事業を行う場合でしたら、たとえば第1回で採択された深川えんみちの事例では社会福祉法人が申請主体で建物を建て、その一部に関係しているNPO法人が入って活動していますね。2つの事業規模の割合にもよりますが、一部でしたら問題ないと思います。

障害のある人もない人も地域全体で受け入れられる社会をつくるということは、施設自体がなくなって地域の中で生活できるのが理想だと考えているのですが、「みらいの福祉施設」となるとどう考えればいいだろうかと悩んでいます。みなさんそれぞれの考えをお聞かせいただけますか?

市原 施設というとどうしても制度上のものという考えがありますが、基本的にはそこで暮らす当事者を最優先で考えることが重要だと思います。

栃澤 今のお話にはすごく共感します。障害があるかどうかは非常にグラデーショナルなもので、線引きが難しいと思います。

特別支援学校を設計する際、スウェーデンの特別支援教育を見に行きました。スウェーデンでは、知的障害以外の障害は障害と考えず、全て普通校で普通のこどもたちと同じように学んでいます。足がない、耳が聞こえない、目が見えないというのもその子の特性であって障害ではないという考え方です。ただ、知的障害のこどもたちだけは特別なサポートが必要なので、分けて勉強させるという非常に明確な指針があります。日本でも福祉制度の中で細かなビルディングタイプを設定する方向ではなく、地域施設の中にみんないて必要なサポートはそこで受けられるという状態を目指していくべきだと思います。

福田 ひとつ財団からお伝えします。みらいの福祉施設建築プロジェクトでは、公募上、福祉施設について定義しなければいけませんでした。が、その枠の中で発想してくださいというメッセージではありません。使える制度は使っていただきつつも、自由に発想できる余地を残しています。

そして最後に。駒田さんには期待することを、栃澤さん、市原さんは申請される方へのエールをお話しいただけますか?

駒田 仕組みへの新しいチャレンジや誇りに思えるデザインを大事にして審査していきたいと思います。検討の積み重ねが見えるようなプレゼンテーションを期待しています。

市原 私たちが審査したものが、そろそろ建築に入りつつあります。出来上がったときに伺うのが楽しみです。またその建物が地域の中でどのように変化し、地域に馴染んでいくのかを拝見するのも楽しみにしています。馴染んでいくということは、地域の他の福祉施設にも影響を与えることができるということです。それがみらいの福祉施設ではないかなと思います。これから申請をする方も、10年、20年、30年先に世の中がどんなになっていくのかという視点を常に持ちながら計画をしていただければと思います。

栃澤 第2回、第3回を通して皆さんの活動を知ることができ、今ある社会の課題や、変化が求められる部分について少しずつ見えてきた2年間だったと感じています。また、こうしたフォーラムの場でそれぞれの活動が横につながり、広くネットワークされれば社会全体がより良い方向に進むと思います。1人の力は小さくとも、みんなの力を合わせれば社会が大きく動きます。それぞれの活動を地道に積み重ね続けていくことが大きな社会的価値を生み出すと期待し、この助成金のプロジェクトができるだけ長く続くことを願っています。

福田 皆様、長時間ありがとうございました。

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