日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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みらいの福祉施設建築ミーティング<スタディDAY1>報告

Text:遠藤ジョバンニ

「みらいの福祉建築ミーティング―スタディ―」のDAY1が2024年7月26日にオンラインで開催されました。福祉や建築に関わる専門家の視点から、みらいの福祉施設建築を実現するために必要な、具体的なヒントや気づきを見つけるためのトークセッションです。

参加者は305名、福祉や建築の分野はもちろん、各自治体担当者や学生など幅広い方々にご参加いただきました

トークテーマは「居場所」と「参加」のデザイン。福祉が、日常から切り離されたり閉ざされたりしたものではなく、施設を利用する方々や、働くスタッフ、地域の人々と、あらゆる人を迎え入れ多様なあり方を許容するためにはどうしたらいいのか。

そして、施設に関わるすべての人が自然と自分の居場所を見つけられて「行ってみよう」「やってみよう」と思えるような環境を整えるためにどんなことを意識したらいいのか。高齢者福祉や福祉施設の建築などに携わる各分野のフロントランナー4名によるトークが展開されました。

今回は、このトークイベントの模様を、レポート形式でお伝えします。

ファシリテーター

  • 医療法人医王寺会 地域未来企画室 部長/看護師福祉と建築 代表 大谷 匠氏

ゲスト

  • 社会福祉法人ゆうゆう理事長 大原 裕介氏
  • エンプラス株式会社 代表/感情環境デザイナー/作業療法士/京都大学大学院工学研究科建築学専攻 三浦研究室 共同研究者/教育環境研究所 客員研究員 杉本 聡恵氏
  • 株式会社五井建築研究所 建築設計室 次長 松尾 信一郎氏

「居場所」と「参加」のデザイン

まずは今回ファシリテーターを務める大谷匠さんの自己紹介から。大谷さんは三重県松坂市の医療法人医王寺会の看護師として訪問診療のマネジメントをしながら、同法人の複合施設プロジェクト「にちこれ」(「日日是好日」)の企画を担当しています。そのほかにも個人の活動として、福祉事業者と建築家をつなぐ「福祉と建築」という任意団体を運営しています。

大谷匠氏

今回のトークテーマである「『居場所』と『参加』のデザイン」は、医療や福祉の機関を地域へひらかれたものにするために、福祉と建築の協働のかたちを探ってきた大谷さんから端を発したものです。

大谷 匠氏(以下、大谷)最近、福祉の現場ではよく「居場所」や「参加」というキーワードを耳にします。一方で建築界では「インクルーシブデザイン」というテーマが挙がるようになってきている印象です。では「居場所」や「参加」をふまえた「インクルーシブデザイン」とはどんなものなのか。制度上の社会福祉サービスや、施設利用者の枠を超えて地域住民をふくめた皆の居場所を作り出そうと取り組むゲストの3名とお話していこうと思います。


続いて、社会福祉法人ゆうゆう理事長の大原裕介さん。著しい人口減少が課題の北海道当別町などの5つの市町村で、地域に住まう「0歳から96歳まで」の人々を、障害のあるなしにかかわらず住民の協力も得ながら支えあう、複合的な福祉事業を展開しています。

大原裕介氏

大原裕介氏(以下、大原)当別町では、街の人たちの力を借りてターミナルをつくりました。制度のはざまや、制度に結び付けない場所にいる方々も含め、一定の研修を受けた地域の人たちで支えあうというものです。今日のテーマでいえば、このセンターが「居場所」となり、社会「参加」をサポートする住民の人たちがいる、ということです。支える側と支えられる側が混在することによって、お互いの居場所になっていくような仕組みにしています。


そして、障害者就労支援の場である「ぺこぺこのはたけ」は、共生型コミュニティ農園としての側面があり、コミュニティへ参画することが難しいとされている高齢男性を巻き込むために、施設の立ち上げから参加してもらうなどの「プロセスから関わってもらうことの重要性」についても触れました。最近は「自治体そのものをケアしていく視点」として、和寒町で老朽化した特別養護老人ホームの改修を中心とした住民主体の街づくりプロジェクトにも挑戦中です。

建築側のゲストとして登壇したのが、株式会社五井建築研究所の建築士、松尾信一郎さん。社会福祉法人佛子園をクライアントに2011年から設計を担当した、福祉による街づくりを目指す「ごちゃまぜプロジェクト」の計画の中で「Share金沢」「美川37Cafe」「輪島KABULET」について紹介しました。

松尾信一郎氏

松尾信一郎氏(以下、松尾)このプロジェクトは「ごちゃまぜ」の名のとおり、障害者や高齢者が生活する福祉施設と学生や地域住民、一般の方も利用できる施設が混在する、福祉によるまちづくりでした。運営法人の雄谷理事長からは「(建築を通じて)人と人が関わるきっかけや場面をたくさん作ってほしい」とお話がありました。細かい事例ですが、例えば本館廊下の手すりは両側にすべての箇所に取付けるのではなく、段差がある場所など必要最小限にする。もしそれで不自由になる人がいたら、職員や周囲の方が気づき、お互いに支え合う場面が生まれる。それがこのプロジェクトには必要な要素なんだ、という言葉をいただいたのをよく覚えています。


「このプロジェクトに関わるまで、私自身どちらかというと管理者目線の建築計画になっていた」と語る松尾さん。プロジェクトを進め、当事者の声を聞く経験を経て、そこで働く方々や地域にとっても、誇りを持てるような環境をつくりたいと意識するようになったそうです。

最後は、感情環境デザイナーの杉本聡恵さん。おもに高齢者を対象に「感情」を起点とする環境デザインに取り組んでいます。利用者の気持ちや福祉事業者の思いを建築家へ「翻訳」して届けながら、施設の基本構想や各備品プラン、開設後の環境活用に携わっています。

杉本聡恵氏

杉本聡恵氏(以下、杉本)例えば歩行器が必要で鬱状態のご高齢の女性が、花が咲いているのを見つけて、思わず歩行器なしでベンチに上がってしまう。介護施設の玄関をホテルのフロントにすることで、スタッフと利用者に留まらない偶然の関係性が生まれる。そんな感情が働く瞬間を生み出すために必要な要素を洗い出し、緻密に重ねて、建築家と一緒に提案を進めます。福祉施設は多様な感情を持った人が集まりますし、しかも心身機能が低下している人も多い場所。誰に、どんなデザインが響くかわからないので、なるべく多く、かつ建築に意識が向くよう仕掛ける必要があります。ここが一般の建築との違いなのではないでしょうか。


と、場に居合わせる人々の感情に立脚したユニークな視点から「ケアと環境がタッグを組んで働きかけること」の重要性について語る杉本さん。「福祉という“正しさ”に飲み込まれすぎずに、人間というややこしくも面白い生き物がともに過ごす場のあり方」を探るところに、みらいの福祉施設建築のヒントがあるのではないかと示しました。

1人のアセスメントからみんなの居場所をはじめる

自己紹介が終わったところで、トークセッションへ。登壇者4名とも、全国各地でさまざまなかたちで、地域や福祉サービスの対象者ではない方々も巻き込んだ居場所のあり方を模索していることがわかりました。ここからトークは、居場所をひらくうえでのポイントについて触れていきます。

大原 まずは前提として、よく陥りがちな「子どもと高齢者を一緒にしたらいいんだよね」から出発した場合、あとから「あれは我々のエゴだった」と反省することが多いです。結局同じ結論になったとしても、出発点はあくまで1人の利用者へのアセスメント(生活環境や困りごとを把握して分析すること)。その利用者へのサービス提供内容が「普段の福祉サービスでは出会えない人々との関係性をつなぐこと」ならば、この人にとっていいケアのかたちに近づけられるよう場を整えて、ひらいていく必要があります。そしてそれを実践してみたら、周囲の人たちにとっても心地よい空間になっていく。

つまり、居場所としてひらくうえでは、しっかりとした個別的なアセスメントや支援計画をベースとして据えておく必要があるし、支援者との限られた関係性を超えた物語をそこでいかにして作れるのか、創造的に考えていく必要があるんじゃないでしょうか。

杉本 そうですね。利用者のスタッフも一人ひとり、性格も心身の状態も、そのときどきによって異なります。そういった人たちが一つの場所を共有するというのは、その人の良さや可能性を潰してしまうこともあるので、注意しなくてはいけません。一見するといい居場所でも、その場からこぼれ落ちてしまう人がいるかもしれない。その人たちがいられるよう段階づけられたグラデーションのデザインが設けられているかが大切ですよね。

大谷 「居場所」って非常に概念的でもあるのですが、具体的に空間に落とし込んでいくためのポイントはどこにあるのでしょうか?

大原 いわゆる過刺激と呼ばれる、気になる音や突起している家具や部屋の設えなど、空間が果たしてその人にとって心地よいデザインなのかどうかという観点は非常に大事ですよね。とはいえ、人はやはり成長するわけですから、過剰に意識しすぎてしまっても、結果的になんの刺激もない、誰とも関わりのない空間をつくりかねません。次にどうつなげるか、このままでいいのか、その人とともに問い続けることが必要不可欠で、この決めつけは我々も気をつけたいところですね。

松尾 建築側からみると、設計した人間が「完成後にそこにまた行きたいと思えるかどうか」という観点も大事かなと思っています。自分そのものの居場所のように思える、心地よい居場所が建築を通じて作れたとき、優れた先進事例に近づけられたのではという手ごたえを感じました。

杉本 やはり「自分や自分の家族だったらどうか?」と問いかけ想像してみることで、濃密に空間を描けるようになりますよね。そうした視点が福祉施設の建築を手がけるうえでは必要ですし、そこにさまざまなヒントが潜んでいるのではないでしょうか。

「ここは自分の居場所だ」と思える施設で地域に変容をもたらす

前半では、居場所づくりの出発点にすべきことや、その際に留意したいポイントが多々挙げられました。では、福祉施設を直接利用しない人々を含め、まちの居場所としてひらいていくことで、どんな展開が生まれていくのでしょうか。おもに地域住民や建築チームの「参加」という視点から、後半が展開していきます。

大谷 大原さんが運営するボランティアセンターでは不登校児と高齢者が関わりあったり、コミュニティへ参画しづらい高齢男性の居場所をつくることができたとありましたが、そうした事業を進めるなかで「ああ、ここがやっとみんなの居場所になったな」と感じる瞬間、何がそこを居場所たらしめていると思いますか?

大原 月並みですけど、彼らにとっても信頼できる場所になった、ということかなと。僕が考えるに、福祉事業や福祉建築は、建物内部の空間やあり方だけでなくて、そこを通じて地域にどう変容をもたらせるかが非常に重要なんだと思います。障害のある人やさまざまな人の地域での暮らしは、結局僕らの建物と僕らスタッフだけではつくれませんから。

地域になにかしらのアプローチや働きかけをする場合も、つい福祉側の一方的な提案になりがちなのですが、「地域にとってこの建物や空間がどうあるべきなのか」双方向の視点からデザインしないと住民は施設を訪れないと思います。なぜならそこでどんな人がどういうふうに暮らしているかわからないから。それを知ってもらうためにも、さまざまなアイデアで場所をひらいて可視化する必要があります。地域の変容を施設や拠点、空間を通じてどうつくるのか、そういったデザインも僕は大切な観点なのではないかと感じています。

大谷 なるほど。地域との対話は、皆さんどんなプロセスを経て行っていきますか?

杉本 私の場合はコミュニティデザイナーと一緒に地域から参加者を募ってワークショップをしたり、ヒアリングをしたりすることが多いです。先程大谷さんが居場所の条件について話していましたが、高齢者施設であれば各地域から来訪するご家族の意向もしっかり聞くことが大切です。施設を訪れた家族がリラックスして楽しくゆったりと過ごせるよう整えることは、ひいてはそこに暮らす人が「ここは自分の居場所だ」と感じられる条件なのではないかと。

松尾 私の場合は設計の担当だったので、プロジェクト内の事例紹介になるのですが、Share金沢では周辺地域の住民が施設内の温泉を利用出来るようにされていました。その際、入湯札が提案され、作成致しました。アナログですがこれが住民の状況を示すビッグデータとなっていて、単身高齢者の入湯記録が途絶えたら、困りごとがないかケアマネージャーとともに様子をうかがいにいく。そうした関わり方をしていくうちに、徐々にShare金沢と地域住民との関係性が構築されていき、近年では地域住民の方から、年末の大掃除の際には、温泉施設の清掃などをお手伝いいただけるようになりました。今では町内会の年間スケジュールに組み込まれていると伺っています。

大原 実は僕、和寒町のプロジェクトで2つ反省点があって。1点目は、ビジョン制定時の言葉づかい。ビジョンの中に含まれた「雇用」という言葉が受動的で、主体的なアイデアが出づらくなってしまったので、能動的にとらえてもらうためにも「仕事をどうつくるか」へ途中で変更させてもらいました。

もう1点、住民主体で地域に仕事をつくるためのアイデアを募るワークショップを企画した際に、僕たち抜きで住民同士がアイデアを実現するために動き出してしまったことがあって。地域の意見を事業に反映する際には、ワークショップを手法として取り入れることはよくあると思いますが、アウトプット先を真摯にデザインしておかないと「都合よく意見を取り入れられているだけなのでは」と地域住民は受け取ってしまう。街の人たちとともに本気で、その人たちの主体性をしっかりとかたちにして、表現していく場を作りたいのかどうか。この真剣さなんじゃないでしょうか。

大谷 建築士をチームに迎え入れる段階で、そうした熱量や方向性はどうすり合わせていくんでしょうか。

大原 僕らは物理的に距離のある設計事務所と組んでいますが、基本設計に入る前のコンセプトづくりから必ず一緒にやりとりをしますし、ミーティングやイベントには出席してもらいます。議事録や当日の様子を撮った動画では、この熱量は伝わりません。

松尾 私の建築事務所はクライアントの意見をひとまず柔軟に受け止めてプロジェクトの伴走がはじまりましたが、建築の世界ではもしかすると「福祉の建築はこういうものだ」と思い込んでしまっている人も、一定数いるのかもしれませんね。

起こるかもしれない「問題」をとらえなおしてみる

福祉施設を舞台に、居場所をつくり地域の人々をどう参加へとつなげていくか語り合ったトークも終盤。参加者から「地域にひらかれることは、さまざまな人が場所に入ってくることでもあります。どういうふうに入所側の安全とひらくことを両立していくのでしょうか?」と質問があり、居場所づくりをするうえで議論に上ることの多い安全性の担保について、それぞれの考えを共有しました。

松尾 確かに、地域にひらくことで、利用者が無断で施設を出てしまうことや、さまざまな問題が起こることもあるかもしれません。しかし「施設だから」問題が起こるのではなくて、ほかの家庭や一般社会でも、同じようなことが起こっていますよね。ごちゃまぜプロジェクトでは、地域の中で起こったそうした問題を、福祉施設が地域の方々と一緒に解決するにはどうしたらいいのか、つねに考え続けることに力点を置いた姿勢が印象的でした。その話を伺って「たくましいな」と思いつつ、その両立にはある種の「寛容さ」が鍵になるんじゃないかと思います。

大原 ハザードは命に関わる危険だから防がないといけないけど、誰しもリスクのない暮らしはないですよね。だからこそリスクとハザードを履き違えないようにしたいですね。

杉本 その人の行動を「問題」ととらえる、私はそこをとらえ直してみてもいいかなと思います。それをしてしまうことの裏には、本人なりの理由があるわけですから。

大谷 本当にそうですね。ある意味、問題を乗り越えるなかで利用者自身も強くなっていく、そのプロセスがケアになっているようなケースもありますしね。

大原 このトークをご覧いただいている福祉分野の関係者のうち、経営者もいれば実務者もいることと思います。実務サイドがどんなに現場をよくしようと考えていても、ときに経営者から「無駄なスペースを省いて居室を増やして稼働率を高めろ」と言われてしまうことも往々にしてあると思います。しかし、どんなによい建物だったとしても、どんなに稼働率を高める効率的な空間を作ったとしても、それでは働く人は集まりません。

この「みらいの福祉施設建築プロジェクト」は、そこで働くスタッフにとっても魅力的な建物であることが一例に含まれていて、僕はそこがいいなと思います。

従来の法定事業から一歩踏み出して、地域の方との対話を通じて自分たちの法人が地域にとってどうあるべきか、地域から自分たちが必要とされるためにどういう建物を作り、どういうサービスを提供すべきか。このプロジェクトへの応募をきっかけに、法人内のソフト面のイノベーションが起こせるかもしれません。


プロジェクトへの応募を検討している方々へのエールで締めくくられたトークセッション。福祉事業者と設計者がお互いに協力しあい、議論を重ねて一つの事業プランを練る。そのときに福祉事業者側が忘れてはいけない観点が浮き彫りになった時間となりました。

→スタディDAY2

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