日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

ARTICLE

みらいの福祉施設建築ミーティング<ツアー>報告

2024年7月7日、「みらいの福祉施設建築ミーティング―ツアー―」が開催されました。日本財団みらいの福祉施設建築プロジェクト第1回にて採択となった社会福祉法人聖救主福祉会が運営する「深川えんみち」を訪れ、福祉施設計画のヒントを得る現地ツアーです。募集開始時よりたくさんのご応募をいただき、先着の25名が参加しました。施設内を丁寧に案内いただいた上で運営や設計にまつわるお話を伺い、学びの多い時間となりました。

登壇者

  • 社会福祉法人聖救主福祉会 法人本部長 深川愛の園 施設長 小久保佳彦氏
  • JAMZA一級建築士事務所 共同代表・建築家 長谷川駿 氏
  • NPO法人地域で育つ元気な子 理事長 押切道子氏
  • 社会福祉法人聖救主福祉会 深川愛の園デイサービス管理者 岩﨑美恵子氏
  • 社会福祉法人聖救主福祉会 まこと保育園子育てひろば「ころころ」担当 竹内陽子氏
  • NPO法人地域で育つ元気な子 ライト学童保育クラブ施設長 荻野貴大氏
  • <

ファシリテーター

  • 株式会社マガジンハウス こここ統括プロデューサー/ラボディレクター 及川卓也氏

施設概要

長谷川駿氏(以下、長谷川)遠方からのご参加もあるとのこと、ありがとうございます。
深川えんみちという名前は、「縁をつむぐ道をつくる」という思いを込めて名付けました。ここ深川は「道のまち」とも言える地域です。富岡八幡宮、深川不動堂、永代寺という3つの寺社に囲まれ、2つの大きな参道が通っています。江戸の三大祭りである深川まつりもこの道で行われ、裏路地には雰囲気のある下町らしい飲み屋街が広がっています。この施設は公園のエリア内にあって一般車両は入らないので、深川公園内をのんびりと散歩する人たちが付近を行き交い、生活動線と観光動線の結節点とも言える場所に位置しています。この計画では、そうしたポテンシャルを生かそうと「建物の中に道を通す」ことをコンセプトにしました。建物内の道である「えんみち」沿いに図書スペース、デイサービス、かまど、菜園などといろいろな生活空間が展開し、それらを感じながら過ごすこととなります。

南側には鉄骨の外階段を増築し、2階と屋上につながる動線として付け加えました。こどもたちは学校から帰ってきたらデイサービスの玄関から入り、一度建物の中の「えんみち」を通ってから外階段に向かい、上の階に行きます。利用する人々の動線を重ねることで交流を促進しているということです。

この事業は“福祉施設から地域社会へ”という試みだと言えます。施設をまちにひらき、いろいろな人がごちゃまぜになってともに暮らすというコンセプトが、運営の方々の思いによって体現されています。建築的に大事にしているのは、中を見通せること、最低限のセキュリティを確保すること、タイムシェアできる柔軟な空間であること、施設を横断する動線計画をつくること、ゆらぎやムラのある仕上げを施すこと、視覚的・触覚的な木のぬくもりが感じられることなどです。

地域の方々を巻き込みながら拡げていくことが、わたしたちの目指す姿です。福祉施設が核になりつつ住みやすい豊かなまちになれば本望です。

建物の内覧

<1階>

〇エンミチ文庫
「みんとしょ」と呼ばれる私設図書館のシステムなのですが、23区では初めての試みです。エンミチ文庫では、年間1.5~2万円の賃料で一つの棚を貸出し、棚のオーナーさんになった方々が「推し本」を並べ、地域の人も観光客も自由に閲覧でき、借りていただくこともできます。棚は70あり、2ヶ月で全部埋まりました。棚はオリジナルデザインで、ほどよいごちゃごちゃ感が出るように設えています。
お店番のスペースは窓際にあり、オーナーさんたちが希望制でお店番をしています。デイサービスと隣接していますから、おじいちゃんおばあちゃんがご飯を食べたり、お喋りをしたりして過ごしている傍らで、本の貸出や閲覧をしている人たちがいるという風景です。読書会や推し本の紹介会など自然発生的にイベントが生まれることもあります。

〇デイサービス空間➀
日中に高齢者がいらっしゃる場所です。本の閲覧スペースにも使われ、夕方以降はまちにひらいてイベントを開催することもあるパブリックになっています。中央にあるキッチンは「まちキッチン」と呼び、奥にパントリーがあります。テーブルには水栓がついていて高齢者に洗いものを手伝ってもらうこともできます。
賑やかな道に面し、利用者のおじいちゃんおばあちゃんが散歩中のまちの人たちに手を振って挨拶する姿もよく見られます。午後になると学童のこどもたちが「ただいまー」と帰ってきて、えんみちを通って2階に行く時に挨拶を交わすことで顔なじみが広がっています。また、学童保育のこどもたちは宿題をおじいちゃんおばあちゃんに見てもらって、いろいろな人からの「やりました」のサインを集めることを楽しんでいるようです。

〇デイサービス空間②
比較的静かで、ゆったり過ごせる場所となっています。麻雀もしやすい正方形の机や、書道や絵を描ける長方形の机を組み合わせ、時と場合によって使い方を変えられるようにしています。ごろごろとくつろげる小上がり、洞窟のようなソファスペース、出張理容師さんに髪を切ってもらえるパウダーコーナーもあり、空間は緩くゾーニングされています。照明は用途に応じて調色調光できるダウンライトです。

〇お風呂
機械式ではなく、人によるサポートのあるお風呂です。極力利用者さんご自身の力を使って入浴頂けるよう、手すりや浴槽の縁の凹みなど、細部のデザインを介護アドバイザーの青山さんと相談し、設計しました。デイサービスの利用者さんにとって、気持ちよくお風呂に入って頂くのはとても大切な時間なので、自然の素材を用いて、旅行に来たかのような特別感のあるお風呂に設えています。十和田石の大きめのお風呂はお友達などと一緒に、青森ヒバ・ヒノキのひとり浴とその日の気分で選べて、入浴時間をゆっくり楽しめます。

〇かまど
その場所にある素材を使ってかまどを作る窯職人さんと共に、地域の方々に手伝って頂きながら、みんなで手作りしました。ワークショップには小学生や保育園の子どもたちも参加。藁の入った土を踏んでまぜて団子にして積んだり、ダンボール漆喰を左官のように塗ったりして楽しみました。自分たちで前の建物の塀から剥がしたタイルを壁面にあしらったり、古い門扉を再利用してはめ込んだり、富岡八幡宮から古い敷石を譲り受けて土台に使わせて頂いたり、様々な想いが詰まった窯になっています。薪は、小学校のOB・OGで、近くで材木屋さんをされている方をご紹介頂き、端材を譲り受けて使わせて頂いています。

〇外階段
構造的には施設本体から分離して自立しています。送迎の車が出入りしているので庇が伸びていて、おじいちゃんおばあちゃんを迎え入れています。こどもたちは雨の日は、濡れないように外階段側から帰ってきます。階段に沿って菜園がある計画です。向かいの公園の緑を遮らないように、また2階の夏の日射を遮蔽するように、庇の位置は高くしています。

<2階>

〇学童保育スペース
14時~20時半は学童保育となり、午前中は保育園が運営する子育てひろばとして利用。地域の未就園のお子さんと親御さんがいらしています。学童は、江東区の補助金事業として運営している第二種福祉事業で、エリアにある4つの学校の小学生を対象とし、学童登録数は135人、毎日100人ほど訪れ、職員は9人程度です。待機児童が多い地域ではありますが、利用者のニーズを考慮して、補助金対象外の4年生までをお預かりしています。天井高は梁を避けつつなるべく高くして圧迫感を減らし、キッチンは全体を見守りながら作業できるように少し高くなっています。小上がりは小さなお子さんと訪れる親子も安心してくつろげる仕様。赤ちゃんは伝い歩きしたり、よじ登ったりが沢山でき、親同士も子どもを見守りながら自然に交流できるスペースになっています。壁面はランドセル棚です。小学生は、ランドセル以外に水筒やパソコンなどの荷物が多いですから、帰宅時に忘れ物が起きにくいスムーズな動線になるようランドセル棚とは別に、荷物置き場も作っています。

〇運動スペース
運動をしたり、映画会をしたりと多様でアクティブな使い方ができる空間です。大人数でのイベントにも行えるように、吸音性と耐久性の高い素材を使っています。パーティションにも遊具の収納にもなる可動式の棚は、側面に磁石がくっつくようにして利用の幅を広げたり、壁にスチールのバーを仕込むことで紙などを貼りやすくしたりと主体的な活動を支える小さな工夫を盛り込んでいます。

〇屋上
見晴らしがよく、お祭りの時には縁日が連なる様子が見られます。公園のエリア内にある気持ちよさを感じられる場所です。地面のタイルは学童の保護者たちと協力して貼りました。プランターでは「自然栽培の先生」に教えていただき、それぞれ違う種類の土を混ぜ、育ち方の違いなどを観察しながら大人も子どもも一緒に季節の野菜や植物を育てています。

質疑応答

及川卓也氏(以下、及川)まずは私からいくつか質問させてください。計画段階では長谷川さんはいつから関わり、スタッフの方々はどのように初動をつくり、申請に至ったのか。プロセスを教えていただけますか?

押切道子(以下、押切)長谷川さんの設計事務所は文京区にあり、同じく文京区で我々が受託している別の学童施設の新築の際にご一緒していました。その頃、ライト学童保育クラブの移転先として斎場だったこの建物が候補に上がり、そちらも長谷川さんに相談を持ちかけていたところ、日本財団の助成プログラムを紹介頂き、一緒に応募することになりました。
今回のプロジェクトでは元の施設であるまこと地域総合センターから学童保育・デイサービス・子育てひろばが「深川えんみち」に移っていますが、この3つの事業はもともと協力しながら運営をしていたという関係があります。

及川 具体的なスケジュールはどうでしたか?

長谷川 2021年6月に「こんな建物がある」と紹介され、7月にこの助成プログラムの相談をいただきました。リノベーションだったため、初回、2回目の打合せではもうこの計画のコンセプトとなる方向性が固まり、そこから応募まで2ヶ月ほどでみんなのやりたいことをどんどん盛り込みながら基本設計を行いました。プレゼン準備を進めるごとに情報を共有していったプロセスが表れているような、ごちゃまぜ感丸出しのプレゼン資料となりました。その後は2次審査が12月、採択決定が2022年3月末。4月から実施設計を行いました。
コロナの影響や資材高騰などの影響で8月の入札1回目は不調となり、2023年5月に2回目で入札、7月に着工。今年の3月に竣工しました。学童は先行して4月からオープンし、5月に「深川えんみち」として全体がオープンしたという流れです。

及川 地域の人達が入ってきて混ざり合う場所にする、という発想はどの時点で生まれたものでしょうか?

荻野貴大氏(以下、荻野)まこと地域総合センターは教会を母体にしながら幼稚園、保育園、学童、特養、ショートステイ、デイサービス、居宅介護支援事業所が一つの場所にあることが当たり前の施設でした。そのコンセプトが、この建物でも引き継がれているという状態です。とはいえ、まこと地域総合センターは階が分かれているので積極的な交流は生まれづらく、気配を感じる程度でした。この建物になってから日常にお顔を合わせる高齢者の方のお顔とお名前を覚えるようになりました。

参加者から

この建物を契約したのはいつ頃になりますか?

小久保佳彦氏(以下、小久保)賃貸借契約を交わしたのは社会福祉法人で、応募の段階で契約をしている必要がありました。家賃の発生はオーナーさんのご厚意で、開始時期や金額には配慮していただきました。

採択されなかった場合のことはどのように考えていましたか?

小久保 この建物でデイサービスと学童を運営する方針は決まっていたんです。これまでのデイサービスは建物の3階にありましたが、この建物は接地階が使えるので非常に魅力的だと感じて活用を検討していました。しかし、建物の改修にはとてもお金がかかるので、今回の助成プロジェクトに応募しました。計画当初は5000万円くらいでどうにか改修できないかという話をしながらのスタートでしたが、プロジェクトへの応募が決まり、理想の施設がデザインされていく途中からは採択される気満々になり、私は根拠のない自信を持っていました(笑)。

学童保育を2階にすることで不安はなかったでしょうか?

押切 ライト学童の指導員は、日頃から、ポジティブです(笑)「階段で転んだらどうする?」という視点より、「階段の上り下りで足腰が鍛えられるね!」と、ポジティブに考えました。東京の保育施設では、庭もない保育園もありますので、公園が近くにあるし、立地も最高です。ただ、移転したことで、こどもたちには約束事を伝えています。『今一緒に生活している(過ごす)メンバーはどんな特性を持っているか』という視点から、『ドアをしめなかったらおばあちゃんがどこかに行っちゃうよね。しっかり、扉は締めようね。』と約束をして、子ども達の理解を得ました。

この建物は何年間借りていますか?

10年間です。

小学校4校からこどもたちが学童に通ってきているとのことですが、歩いてこられない子もいるのではないでしょうか?

押切 全員歩いて通ってきます。江東区の深川付近の小学校は隣接しています。一番遠い小学校でも1キロ程です。小学1年生は、ゴールデンウイークあたりまでは指導員が小学校までお迎えにいき、付き添って帰って来ますが、ゴールデンウィークを過ぎるとはこどもたちだけで来ています。

そもそもの建物に入っていた事業の中で、「この建物に合った事業を入れた」のか「そもそも移動させたい事業があり、たまたまこの建物が見つかった」のか、どちらでしょうか?

押切 こちらの元斎場が廃業となり、貸しに出るという話は、10年位前に地域の方から情報を頂いていました。4,5年前に、移転前の建物のリニューアル案が出て、この建物を使用してリニューアルを進めることとなりました。学童にとっては、この建物を全部使うのは前の建物内施設と比べて広すぎるし、何より賃料が払いきれないという課題と、デイサービスはもっと地域に密着した方がいいだろう(前の建物では3階だったので)という方針とが重なって、自然とこの2つが「深川えんみち」に入ったという流れです。

DIYをたくさん行っておられますが、資金的な理由でしょうか?

押切 はい(笑)。学童はお金がないのでよくDIYをしていますが、DIYを指導員や学童の保護者の方としたことで、想いもたくさん詰まって、より移転が楽しみになりましたし、愛着が出ました。

デイサービスと学童とで、場所の取り合いはありましたか?事業の相互理解はどのように構築しましたか?

荻野 デイサービスについては、定員1につき3平米を確保するという基準を守ることを目指して考えていき、学童保育とも場所の在り方についてともに考えてきました。応募書類づくりも遅くまで一緒に作業していましたし、対立関係にあるという考え自体がありませんでした。以前からお互いの仕事について理解し、協力しあう関係がありましたので。

「エンミチ文庫」の本棚のオーナーさんはどんなモチベーションで本棚を借りているのでしょうか?

押切 借りるほうがお金を出すのではなく、貸す方がお金を出している・・・本当に不思議ですよね。オーナーさんたちは2万円出して、どなたかとつながろうという方々で、みなさん、とてもパブリックマインドのある素敵な方々ばかりです。オーナーシステムで古本屋として運営するというケースもあるようですが、わたしは、ここでは売り買いする感覚を持ってもらいたいとは思わなかったため、貸し借りをする本棚としました。読んだ人がコメントを書く「感想カード」があり、そのカードを読むのを楽しみにしているオーナーさんも多いと思います。
「この本を読んでもらいたい」と思って本を並べる人がいて、「この本いいな~」と思って借りていく人がいて、「想いを馳せる」という行為によって、地域の人がつながっていき、よりよい街になっていくという動きが、エンミチ文庫から広がるといいなと思っています。

「エンミチ文庫」の店番はオーナーさんの中で決めているのですか?

押切 オーナーさんたちで、できる日をカレンダーに入力していただいています。ですので、お店番さんがいない時もあります。このゆるさが、コミュニティには意外と大事だったりもしますね。

荻野 「エンミチ文庫」のゆるさはいろいろな関係を紡いでいます。たとえば学童で馴染めない子が1階の「エンミチ文庫」にやってきて、魚の本を置くオーナーさんと仲良くなって居場所を見つけたり、初めてお店番をする人にこどもたちがやり方を教えたりといった風景もみられます。

オープンまでの2年半、物価や人件費の高騰に伴って見積の変動があった時にどのように対応されていましたか?

長谷川 1回目の入札が合わなかった時に根本的な仕様の見直しをし、どうしても残したい部分だけ残してダイエットしていきました。とても大変でしたが、そうした経緯の中でDIYも始まったなど、よかったこともありますね。

建築基準法的に用途変更できる建物の見分け方はありますか?

長谷川 この建物はもともと幼稚園、つまり児童福祉施設として建てられており、その後斎場になりましたが、基本的な設えは建設当初のままだったため、比較的用途変更は容易でした。近い用途同士の方が用途変更しやすいですが、どんな場合でも何かしらの解決方法はあるだろうと思います。

家具はオーダーでしょうか?

長谷川 キッチンはセミオーダー、椅子は購入、ベンチは制作と混ざっています。それらが金額の調整代(しろ)になっていました。

いろいろと考えて計画されてきたと思いますが、それでも想定しえなかった気づきなどありますか?

小久保 学童保育もデイサービスも、当初はこれまでの固定観念から安全面ばかり考えていました。鍵をどうするか?警備員を置くか?などです。考え尽くした挙句に吹っ切れて、最低限の戸締りをしておけばいい、という考えに至りました。認知症対応型のデイサービスもあるので、徘徊される方もいらっしゃるという状況で、そう覚悟をしたわけです。いざ引っ越してみると、心配だと思っていた利用者さんが落ち着いて座っていらっしゃるんですよね。3階にデイサービスがあった時と違って窓からは外の様子がよく見えて、学童のこどもたちとの触れ合いがあることなどが影響したのだと思います。居心地が良くなることで、行動が落ち着くような変化が見られたのは予想以上でした。今のところ「ヒトの目で見守り、安全確保ができている」状態だと思います。

もともと斎場だったとのことで、地域の方などに何か言われることなどはありましたか?

竹内陽子氏(以下、竹内)ネガティブな意見はほとんど聞こえませんでした。「幼稚園の時にここを卒園しました」とか「斎場になってしまったけれど、またこどもたちの姿が戻って嬉しい」という声が多く聞かれましたです。「ここでお葬式を挙げた親戚がいました」と懐かしんでおられる方もいましたね。

及川 皆様、今日はありがとうございました。

「特集」一覧へ

痛みも、希望も、未来も、共に。