日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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地域の力を借りて、子どもたちの成長を支援する——医療的ケア児のための拠点「Burano Oyama」

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」では、第1〜3回の公募を経て、複数の団体に対する助成を行ってきました。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2024年5月に栃木県小山市にオープンした、医療的ケア児を対象とした多機能型デイサービスを提供する「Burano(ブラーノ)Oyama」を訪問しました。

穏やかな住宅街に位置する、医療的ケア児のための拠点

JR東北本線の間々田(ままだ)駅(栃木県小山市)から、車で10分ほど市街地を走ったところにある住宅街の一角。立ち並ぶ一軒家と、周辺にある農地との間に溶け込むように建っている施設が、第1回公募で採択された「Burano Oyama」です。

運営元は、小山市に隣接する茨城県古河市にて、2018年から医療的ケア児・重症心身障害児とその家族のための施設を運営している一般社団法人Burano。隣県である栃木県からの利用者増加に伴い、本プロジェクトを通じて2か所目の拠点がつくられました。

この土地は市街地調整区域※であり、もともとは背の高い木が生い茂る雑木林だったそうです。建設地を探すにあたり、理事の秋山政明さんはGoogleマップで40箇所以上の候補地をピックアップし、地主さんや周辺に住む住民のみなさんとも直接交渉にあたり、本施設の建築にこぎつけました。

※市街地調整区域:無秩序な市街地の拡大を防ぐため土地活用が制限されている、都市計画法により指定された地域を指す

建物のエントランス。木材をふんだんに使った建築と、周囲を囲むさまざまな植物とが調和し、穏やかに地域の風景に溶け込んでいる。建物の裏側には、農地が広がる
駐車場側から見た建物。広々とした芝生の庭「はらっぱ」は、子どもたちが自由に過ごせる場所だ。テントを張って、キャンプなどを楽しむこともできる
駐車場と施設のエントランスの間には東屋があり、水回りやベンチが用意されている。植物やビオトープで育てられている生き物は、この地域に生息するものをしっかり受け継いでいる

子どもたちもスタッフも安心して過ごせる、温もりある建築

Burano Oyamaでは2024年9月現在、40組ほどの家族が利用しており、平均すると1日あたり4-5名の子どもたちが訪れます。働くスタッフは18名。

住まいの延長線上にあるような温かみのある施設は、地元産の木材を利用してつくられているそうです。子どもたちやご家族が安心して自由に過ごせるよう、またスタッフが働きやすいように配慮された空間となっています。

施設の1階、建物の中心にある広々とした療育室が、子どもたちと職員のみなさんが過ごす場所だ
1階中央の療育室はオープンな造りで、子どもたちの薬や食事を用意するカウンターキッチン、2階のスタッフルームからも人の目や声が直接届くようになっている
1階と2階をつなぐ大きな天窓。2階のスタッフルームから療育室を見渡すことができ、必要であればスタッフ同士、電話などを使わずに会話することもできる距離だ
2階のスタッフルーム。大きな窓越しに、1階を見守ることができる
1階にあるキッチンは2か所。中央のカウンターキッチンは子どもたち用。エントランス横にもう1か所設置されたキッチンスペースは、利用者のご家族が利用できるよう、あえて別々にしているそう
施設の一番奥にある、「あそびの庭」と地続きになるよう設計されたスペース。外に出ることが難しい子どもたちも、ここで日光浴やプール遊びなどができる。庭には車椅子で散策できる道が整備されている

子どもたちの成長に必要な、出会いや経験ができる場所が足りない

Buranoの事業は、2016年に秋山政明さん・未来さん(代表理事)ご夫妻のもとに生まれた第2子が、医療的ケアを必要としていたことをきっかけにはじまりました。秋山さんは当事者としてさまざまな課題に直面し、既存の福祉制度や仕組みだけでは不十分であることを痛感したといいます。

「医療的ケア児や重症心身障害児のための施設は、ここ数年の間に増えてきてはいます。ただそのほとんどが、現行の制度のみに合わせた事業展開をしているのが現状だと思います。

今ある制度上のケアのみを目的にしてしまうと、なかなかその範囲外のことに目が向かないんですよね。当事者の親としては、そこに危うさを感じていました。

今、子どもたちやその家族がどんな課題と向き合っているのか、それを解決するためにはどんな手段が必要なのかを起点に考えていかないと、本質とずれてしまうと思っています」(秋山さん)

秋山政明さん(一般社団法人Burano 理事)

入浴や食事の介助など、基本的な日々の生活支援も当然ながら重要です。しかし秋山さんはそれらに加えて、子どもたちの将来を考えた場所づくり、仕組みづくりの必要性を感じていました。

「子どもたちは成長過程でさまざまな出会いや経験を通して人格を形成し、豊かな心を育んでいくものです。ケアを必要とする子どもとその家族が置いていかれることなく、どうすれば同世代の子どもたちや地域の人たちと、自然なつながりをつくれるかを考えてきました」(秋山さん)

Buranoでは実際に、地元地域や多様な人たちとつながるためのさまざまな企画を次々に仕掛けています。2023年には、アウトドアブランドを展開する株式会社スノーピークと協働した、医療的ケア児から始まる「インクルーシブキャンププロジェクト」をスタート。また2020年からは、さまざまな子どもたちが混ざり合って楽しむことができる地域のイベント「キッズフェス」を主催しています。

実は、Burano Oyamaの設計を担当した飯野勝智さんと秋山さんが出会ったのも、このキッズフェスがきっかけでした。

複数人の専門家が集まり、プロジェクトチームを結成

飯野勝智さんは、茨城県結城市の出身の建築士。主に住宅設計の仕事をしながら、2010年より地元地域を活性化するための「結いプロジェクト」に取り組んできました。

福祉施設を設計した経験はなかったそうですが、秋山さんから新しい拠点の構想について話を聞き、これまでのご自身の経験を活かせるのではないかと考え、プロジェクトに参加しました。

飯野勝智さん(NIDO一級建築士事務所 建築士)

「福祉施設を建てるために必要な知識についてはゼロから勉強しましたが、設計に関しては住宅と同じように進めていきました。住宅は個別性が高く、お客様一人ひとりのライフスタイルや趣味嗜好、生活パターンなどと徹底して向き合って設計していきます。福祉施設も、その延長線上にあるものだと考えていました」(飯野さん)

本プロジェクトを進めるにあたり、秋山さんは企画の初期段階から一つのチームをつくっていました。

事業全体のビジョンや方針を決める秋山さん、さまざまな要件を具体的な設計に反映していく飯野さん、そして医療的ケア児の専門スタッフに加え、コンセプトやストーリーの設計を担当する専任のディレクターが参画していたといいます。

「ディレクターさんの存在は重要だったと思います。それぞれ専門的な視点から出てきたアイデアやフィードバックを一つに集約していく中で、大元となるコンセプトから解離することなく、一本のストーリーをつむいでいく役割を担ってもらいました」(秋山さん)

「プロフェッショナル同士が集まって、何度も何度もディスカッションをくり返し、コンセプトと照らし合わせながらギリギリまでやり取りを重ねました。多様な視点が交わるチームだったからこそ、『福祉施設って普通はこうだよね』という固定的な考え方は、最初から取り払われていたように思います」(飯野さん)

スタッフのマネジメントに苦慮した過去…採用プロセスを見直し課題を解消

事業者として大切にしているビジョン、施設のコンセプトを軸に据えて、関わる人たちに大切に伝えていく姿勢は、スタッフの採用活動にも反映されています。

もともと民間企業の出身だった秋山さんは、Buranoを立ち上げてから2-3年の間は、専門職スタッフのマネジメントに苦慮していたといいます。

「資格のある人をなんとか採用しても、僕がマネジメントしきれず、複数人が一気に辞めてしまったことも何度かありました。そこで採用のプロセスを大幅に見直したんです。

現在はBuranoの事業が目指すビジョンを説明したうえで、採用候補者が大切にしている価値観を丁寧に聞いています。そこでお互いの方向性が一致していることが確認できた人にだけ、面接を案内しています」(秋山さん)

7年前からBuranoで看護師として働いている早乙女朋子さんは、そうした組織の変化を間近で見てきました。

早乙女朋子さん(施設管理者 看護師/児童発達支援管理責任者/医療的ケア児等コーディネーター)

「スタッフはそれぞれ専門領域も違いますし、働き方も人によってさまざまです。仕事との向き合い方も一人ひとり異なると思います。ただ採用のプロセスが4段階に増え、ビジョンや価値観のすり合わせを丁寧に行うようになってから、根底にある想いが共通するメンバーが増え、コミュニケーションが取りやすくなったと感じます」(早乙女さん)

Buranoでは、施設の設計においても採用活動においても、目指すビジョンやコンセプトを明確にして丁寧に共有することが、成功につながる鍵となったといえるでしょう。

福祉の役割は、人の生き方を豊かにすること

新たな拠点が完成して数か月。最後に、これからの拠点のあり方についてどう考えているか、お二人それぞれに聞きました。

「ケアが必要な子どもたちやそのご家族が、自宅や施設の外へ出ていくのはとても勇気がいることです。一方で、地域で暮らす人たちがそれをすべて受け止めるのもハードルが高いですよね。どちらの立場に立っても“怖い”と思うんです。

双方の関係性が生まれていくには、すごく長い時間がかかるものだと思います。そうした交わりが生まれるときのために、建築でちょうどいい、おおらかな場所を用意する必要があると考えています。今後、Burano Oyamaがそうした場所になることを願っています」(飯野さん)

「私は人の生き方を豊かにしていくのが、福祉の役割だと思っています。この施設で過ごす子どもたちがさまざまな出会いと経験を重ね、成長して豊かな人生を送っていけるよう、地域のみなさんをはじめ、関係者の方々の力もお借りできたらうれしいです。

Buranoとしては何十年も先の未来を見据え、この拠点が地域にとって当たり前のものとなり、愛される場所になるよう、事業の揺るがない土台づくりを続けていきます」(秋山さん)

 


 

福祉施設を「地域にひらく」とは、どういうことか。施設に集う住民と、利用者のつながりをどのように生み出せばいいのか。時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるにはどうすればいよいか。「みらいの福祉施設建築」とは何か——。

どの問いにも、明確な“正解”はありません。また支援対象とする人や地域により、必要とされるニーズや目指す姿はそれぞれ異なるものです。

それぞれの団体が歩みを進めるストーリーから、みらいの福祉に携わるみなさんが、何かしらのヒントや気づきを得ていただけたらうれしく思います。

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事業DATA

「BURANO OYAMA ー医療的ケアが必要な子どもたちと家族の欲張り拠点ー」(第1回採択事業)

■実施事業団体:一般社団法人Burano
https://burano.or.jp/

■設計事務所:NIDO一級建築士事務所
https://nido-arch.com/

※記事中の情報は2024年9月時点のものです。

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