日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

ARTICLE

「すべてはこの島のために」——観光×福祉で地域課題を解消する新しい複合施設「ボナプール楽生苑」

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」では、第1〜3回の公募を経て、複数の団体に対する助成を行ってきました。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2024年3月、広島県尾道市の生口島(いくちじま)にオープンした複合施設「ボナプール楽生苑」を訪問しました。

「サイクリストの聖地」に生まれた、観光と福祉が共存する施設

生口島は、瀬戸内海の西部に位置する芸予(げいよ)諸島の一つです。「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」の生口島北ICから車で約10分ほど、もしくは広島県の尾道港や三原港からフェリーに乗って約30分。対岸に高根島(こうねじま)が見える美しい眺望に恵まれた場所につくられたのが、第1回公募で採択された「ボナプール楽生苑」です。

国内外から大勢のサイクリストが集う観光地でもあるこの場所で、宿泊施設と交流スペース、商品開発ラボ、そして就労継続支援B型事業所の役割を掛け合わせた複合型の施設としてオープンしました。宿泊施設として旅行雑誌やポータルサイトにも掲載されており、観光で訪れた利用客の方から高い評価を得ています。

この立地は荒地となっていた旧瀬戸田町営プールの跡地であり、地域の人にとっても馴染みが深い場所だそう
建物1階は広々としたホールで、ショップスペースにはさまざまな地元の商品が並んでいる。円形のカウンターキッチンは、レンタルキッチンとして地域の人たちが利用できる
2階は宿泊客のためのホテルラウンジ。「瀬戸内しまなみ海道」はサイクリストの聖地といわれ、海外からの観光客にも人気が高い。取材当日も、自転車に乗った旅行客が何組も行き来していた
2階のラウンジから見えるのは川ではなく瀬戸内海。対岸にあるのは高根島(こうねじま)
個室タイプの客室はすべて海側につくられており、窓から美しい景色を臨むことができる
建物の山側には、ドミトリータイプの客室が用意されている

「見守られていることが励み」ひらかれた福祉拠点の意義

この施設を運営する社会福祉法人 新生福祉会は、1998年の法人設立以来、長年にわたりこの生口島の福祉を支えてきました。現在も特別養護老人ホーム「楽生苑」を中心に、多岐にわたる福祉事業を展開しています。障害者向けの就労支援に取り組むのは、今回がはじめてのことです。

以前の生口島には、障害をもった人たちが就労できる施設がほとんどありませんでした。その多くは、往復3時間以上の時間をかけて市外の施設に通っていたそうです。

ボナプール楽生苑に通うようになった利用者のご家族は、「送迎の時間が大幅に減って助っている」と話してくれました。2024年10月現在、12名の方が施設で働いています。仕事が休みの日も施設に来て、のんびり過ごしている人も多いのだとか。

「顔見知りの人たちと、交流が増えたんじゃないかと思います。働いているところを周囲の人に見守ってもらえるのも、本人にとって励みになっているみたいです」(坂奥さん/利用者ご家族)

「ホテルの清掃の仕事をするようになってから、自宅でも掃除してくれるようになったんですよ。楽生苑さんのことはずっと前から知っているので、安心してお任せしています」(池本さん/利用者ご家族)

施設ではさまざまな障害をもった方が働いており、客室の清掃やリネンの交換などの仕事を担当している
誰でも迷うことなくルーチンで作業ができるよう、客室の設計や配置はどの部屋も同じものになっているそう
施設に併設された商品開発ラボ「bona lab」。すべてガラス張りで、オープンな空間であることにこだわった。バックヤードには事務所があり、クローズドな空間でゆっくり休憩することもできる設計だ
レモンやみかんなど、主に地元産の果物を加工し、ジュースやスムージーをつくって販売している
商品開発ラボ「bona lab」でつくられる商品は、交流スペースでゆっくり飲食することができる。写真はフレッシュでさわやかな味わいが魅力の「柑橘スムージー」。季節によってかき氷などを提供することも

建築、観光、福祉——プロフェッショナルが集まり想いを形に

障害をもつ人のための就労施設が遠い。観光客の宿泊施設が足りない。もっと地域の人たちが集まり、交流できるスペースが欲しい——新生福祉会ではそうした地域の課題を一つひとつ拾い上げ、それらを丁寧に掛け合わせることによって今回の拠点をつくり上げました。

本プロジェクトを推進した山中康平さんは、かねてからの構想を実現するにあたり「場所」と「建物」にこだわったといいます。海や橋がすぐ近くにあって、“島”を感じられる場所。理想的な立地を見つけ、設計は、著名な建築家である伊東豊雄さんに依頼しました。

「近隣の島のプロジェクトを手掛けられていたので、思い切ってご相談することにしたんです。設計を引き受けていただき、私たちが実現したいことをすべてお伝えしたところ、すばらしい設計案を出してくれました」(山中さん)

山中康平さん(社会福祉法人新生福祉会 理事長)

その後、初期案をもとに何度もディスカッションを繰り返し、プロジェクトメンバー全員で細部を詰めていったそうです。

多様な人たちが交錯する場であること、そして障害をもった方たちに対する差別や偏見を取り払うため、地域に開かれた施設づくりを目指していること。長年にわたり、福祉に携わってきた山中さんの想いが、だんだんと具体的な形になっていきました。

今回設計した拠点について、伊東さんは以下のコメントを寄せてくれました。

「ボナプール楽生苑の敷地は美しいヴューの瀬戸田湾に面しており、港に出入りする船を見ていると利用者も船上にいるような気分を味わうことができます。

この施設の特徴は、軽度の障害をもった人々、サイクリストや観光客、生口島の住民が自由に利用できるスペースや、レンタルキッチンなどを設けることで地域に開かれ、福祉と交流が共存していることです」(伊東豊雄さん/伊東豊雄建築設計事務所)

「福祉と交流が共存」する場所。ボナプール楽生苑は、地域の中で新しい役割を担う拠点として、オープンすることになりました。

資材価格高騰などの影響を受け設計変更を余儀なくされたこともあったが、コンセプトにのっとった調整によって、希望したことの大半を諦めることなく最終案にたどり着いたそう

山中さんと長年苦楽を共にしてきた小林雅洋さんは、拠点の完成を機に気持ちを新たにしたといいます。

「完成するまで長い時間がかかりましたので、オープンできたときはほっとしました。しかし最も大切なのはここから先、事業を継続してこの施設を維持していくことですから、改めて気を引き締めなければならないと思っています」(小林さん)

小林雅洋さん(社会福祉法人新生福祉会 理事/事務課長)

「応援しないといけん」地元の商店街とも信頼関係を築く

また宿泊事業を新たに展開していくうえで重要な役割を担ったのが、観光事業の専門家である阪本浩和さんです。山中さんから声をかけられて企画段階からチームに参加し、主に事業設計や施設づくり、運用面でのアドバイスなどを行いました。

「観光という手段を使って地域福祉に貢献していく、非常に珍しい施設のアイデアだと思います。今回のプロジェクトを通じて新しい事業モデルをつくることができ、私としても良い経験になりました」(阪本さん)

阪本浩和さん(株式会社瀬戸内ブランドコーポレーション 執行役員/宿泊事業開発本部長)

観光事業を兼ねるボナプール楽生苑では、施設内であえて食事の提供をしていません。訪れた人に、近隣にある商店街に足を運んでもらうためです。また地域の人たちが集まるマルシェなどのイベントも、施設の交流スペースを活用して定期的に開催しています。オープン以来、だんだんと訪れる人が増えているそうです。

島内の人たちとコミュニケーションを密にし、周辺地域との役割分担、連携が十分に考えられていることが伝わってきます。

近隣の商店街にて、昭和32年から三代にわたって受け継がれている食堂を営む山口広三さんは、この島の人たちに対する山中さんの想いを聞き、感銘を受けたといいます。

「障害をもって生まれた子どもたちが大人になり、保護者の方が面倒を見られなくなったとしても、彼・彼女らが自立して生きていける場所をつくりたい。働く人に夢を与えるのも僕たちの仕事です、と。

理事長やスタッフのみなさんのそんな想いを聞いたら、なんとしても応援しないといけん。商店街としても、協力できることがあれば何でも言ってください、とお伝えしています」(山口さん/お食事処「わか葉」店主)

20代を中心とした若いスタッフが、これからを支えていく

さまざまな想いの詰まった施設の運営を支えているのは、20〜30代の若いスタッフのみなさんです。管理者を任されている乃美祐太さんは、10年以上、障害をもった人たちの就労支援に携わってきました。

乃美祐太さん(ボナプール楽生苑 管理者)

「働く中でずっと、もっとオープンな福祉を提供できないかと考えていました。ここならそれが実現できると思っています。ただ、まだ事業がはじまって日が浅いので、課題もたくさんあります。

島内に住んでいる障害をもつ方で、必要な支援とつながれておらず、家に引きこもってしまっていたりする人たちもまだまだいると思うんです。今後はそうした人たちへのアプローチも必要だと思っています」(乃美さん)

事業形態も建物の構造も一般的な福祉施設とは異なるため、働くスタッフの育成も重要な課題の一つです。オープン時から職員として働く松井ひとみさんも、当初は働くイメージを描きにくかったといいます。

「ひらかれた場所であることを、不安に感じる人もいるかもしれません。私も最初は戸惑いがありました。

でもわずかなリスクを恐れて交流を遮断するのではなく、利用者のみなさんの行動をきちんと理解し、一人ひとりができることを見つけ、サポートしていくのが私たちの仕事だと思っています」(松井ひとみさん/精神保健福祉士)

プロジェクトチームのメンバー、生口島で暮らす人たち、働く職員のみなさんそれぞれの想いが重なって、生まれた島の福祉拠点。その挑戦は、まだはじまったばかりです。

本プロジェクトを主導した西野晃弘さんが、今後のさまざまな展望を語ってくれました。

西野晃弘さん(社会福祉法人新生福祉会 総務課 課長)

「利用者の方にここで清掃などの技術を身につけていただき、島内での一般就労につなげることはもちろん、関連する事業を新たに立ち上げることなども視野に入れています。

また観光業の視点で考えると、キャンパーや海外からの観光客のニーズなどがたくさんあると思いますので、この場所を起点にサービスを拡張していきたいですね。

この島のため——それが理事長の口癖なのですが、私たちも気持ちは同じです。せっかくすばらしい場所ができたので、この島のために、これからも活動を広げていきます」(西野さん)

 


 

福祉施設を「地域にひらく」とは、どういうことか。施設に集う住民と、利用者のつながりをどのように生み出せばいいのか。時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるにはどうすればいよいか。「みらいの福祉施設建築」とは何か——。

どの問いにも、明確な“正解”はありません。また支援対象とする人や地域により、必要とされるニーズや目指す姿はそれぞれ異なるものです。

それぞれの団体が歩みを進めるストーリーから、みらいの福祉に携わるみなさんが、何かしらのヒントや気づきを得ていただけたらうれしく思います。

*

【ニュースレター配信中!】
メールマガジンにて毎月、本プロジェクトの最新情報をお届けしています。ご興味のある方はこちらからご登録ください。

 


 

事業DATA

「体験型福祉施設『ボナプール楽生苑』」(第1回採択事業)

■実施事業団体:社会福祉法人 新生福祉会
https://bonapool.com/

■設計事務所:株式会社 伊東豊雄建築設計事務所
http://www.toyo-ito.co.jp/

※記事中の情報は2024年10月時点のものです。

「特集」一覧へ

痛みも、希望も、未来も、共に。