制度や構造を超えて、地域の分断を保育園がつなぎなおす。地区の家「えんえん」(大分県福祉会)
Photo:鈴木竜一朗 Text:遠藤ジョバンニ

2021年にスタートした「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」。採択決定後、全国各地で、それぞれの建築物が建ち始め、街の仲間入りを果たしています。それぞれの事業計画はその後、どのように進んでいるのでしょうか? 今回は2025年5月、大分県大分市にオープンした、子育て支援の拠点であり、子どもから大人までご近所さんが立ち寄れる、地域にひらかれた場所「えんえん」を訪れました。
“忘れられているような地区”の家
大分県大分市、大分駅から車で20分ほど、新旧さまざまな家が建ち並ぶ住宅街の細い道を抜けると、子どもたちの賑やかな声が聞こえてきました。

「あ、今日来てたんだ!」「うん! 宿題やってたところ」
昼下がりの駐輪場に子どもたちの自転車が一台、また一台と増えていく、この場所は「えんえん」。社会福祉法人 大分県福祉会の滝尾保育園が運営する新しいコミュニティスペースです。第2回「みらいの福祉施設建築プロジェクト」で採択され、今年5月に正式なオープンを迎えたこちらの施設。取材当時、オープン直後にもかかわらず、えんえんは、面白そうなことが大好きな子どもたちに見つかって、早くも彼らの居場所になりはじめているようでした。





この地域のことを伺うなかで、滝尾保育園の副園長で、えんえんの責任者(=えん長)である釘宮和代さんは、ぽつりとこう語りました。
釘宮さん:ここは大分市の中心部に近いんですけど、道も狭いしバスもあんまり通っていなくて。なんだか街の中でも「忘れられているような地区」なんですよね。

1980年代から段階的な宅地開発が行われたことで、パッチワークのように高齢世帯と若い子育て世帯が混在し、お互いの顔を知らずに暮らしているこの地区。高齢者の孤独死の報せや、0歳児を預けられず仕事に復帰出来ないお母さんや、子育てのことを相談する先がなくて困っている保護者など、そんな地域の孤立や分断をほぐす建物として、えんえんは位置づけられています。

この施設を運営しているのは社会福祉法人 大分県福祉会です。1952年に認可を受けて以来、約70年にわたり、大分県内で保育園や児童養護施設など、子どもや母子に深く関わる福祉施設を運営してきました。
2020年には、法人全体のブランディングプロジェクトがスタート。その過程で、チームメンバーから「みらいの福祉施設建築プロジェクト」の存在を知らされ、法人内で同プロジェクトへ応募する施設を検討することに。
そして、法人が運営する6施設の中から手を挙げたのが、滝尾保育園でした。保育士が日頃関わる保護者や子どもたち、そして地域の状況から浮かび上がってきた地域の課題を解決しようと「えんえんプロジェクト」は立ち上がりました。



プロジェクトの主要メンバーになったのが、教育機関での経験が豊富な滝尾保育園長の堤さん、長らく変化のない「保育のあり方」に疑問を抱いていたベテランの釘宮さん、そして広域的な子育て支援に強く関心を寄せていた安部さん、波多野さん。こうした保育園側の熱意を、豊富な言葉やアイデアで、具体的な建築の姿へと落とし込むことができたのは、外部のクリエイターと結成したチームの存在が大きかったといいます。
想いを、言葉に、デザインに、建築に。

滝尾保育園のコアメンバーに、ブランディングプロジェクトをサポートしていたUMA / design farmの原田さんと編集者の竹尾さん、そしてそこに建築家の矢橋さんが新たに加わり、多様な職能が集まって議論しながら進んでいく「えんえんプロジェクトチーム」が発足しました。
釘宮さん:「みんなが気軽に集まれる場所を作りたい」とチームに伝えたら、原田さんから、イタリアに「地区の家」という建築があることを教えてもらいました。そこから「(私たちなりの)地区の家を作りたい!」と資料にいっぱい付箋をつけて勉強したんです。
「地区の家」とは、イタリア・トリノ発の建築のあり方です。地域住民が、社会制度や構造的な変化を待たずに、地域を取り巻く課題を自分たちで解決する。「地区の家」はその活動拠点であり、行政や公共施設とは違ったアプローチの仕方で「市民や住民をつなぐ建築」として注目されています。※
編集者の竹尾さんは、このえんえんもまた「地区の家」のように、そうした社会の構造や既存の福祉制度を乗り越えて、地域の人々のための「みらいの福祉施設建築」になるのではと期待を寄せています。

竹尾さん:現在の社会で起きていることは、いわゆる“制度的な福祉”のなかでカバーできることばかりではないですよね。例えば物価の高騰で、これまで問題なかった人が突然、貧困状態に陥ってしまうこともある。
その一方で、そうした人たちを支えるための制度やルールの整備には時間がかかるため、そのあいだに取り残されてしまう人たちが、常に生まれているのが現状です。えんえんもまたその制度のなかで「社会福祉法人」や「保育園」としての業務の範囲を位置づけられていて、制度の枠にとらわれず、かつ法人内部の理解を得ながら動くことは、実際とても難しい状況だと思います。
ただ、大分県福祉会は先のブランディングプロジェクトで、新たに法人のミッションとして「ひとり の困りごとにも まなざしを向ける」というものを打ち立てました。その姿勢こそが福祉の本質だと私は思いますし、制度や法人内部のしがらみにとらわれず、一歩を踏み出して本質に立ち返ろうとすることが、とても重要なのではないでしょうか。
えんえんという場所が、そうした枠組みを超えて、周囲の人々の価値観や感覚に働きかけ、広がりを生み出すものになっていってほしいですね。


制度や役割の垣根を越えて、一人ひとりの困りごとに眼差しを向ける場。こうした理念やデザイン、そして地域の課題をキャッチしてきた滝尾保育園の声を受けとめ、えんえんという建築の設計へと落とし込んできた矢橋さん。プロジェクト採択後も、審査員からのデザインレビューの前後で、再度チームで素材の選定やスケールの設定など、現在の設計が課題に最適化されたものになっているか、そのつど建築模型を作り、何度も協議して言葉を尽くしたといいます。

また、竣工までに物価高騰などの影響を受け、基本的な設計を複数回やり直すことを余儀なくされた際には「これをポジティブな要因として捉えて、もう一度チームでこのえんえんを見つめ直すきっかけに出来ないか」という考えに振り切ったそうです。
矢橋さん:えんえんは大きな屋根がかかっているのですが、屋根の範囲を当初よりも少なくして、そのぶん、空間のくびれをより強調するよう、無駄なところをそぎ落としていきました。また、開口部にも大きく変更が加わっています。


矢橋さん:窓のサイズや設置箇所を絞れば絞るほど、コストは抑えていくことができます。ですが、ただ単純に抑えていくだけではなくて、より光を取り入れる場所を限定し、風景の抜けにこだわって、贅肉を取っていくようなプロセスをとりました。そうすることで、本当にやりたかったことだけが残っていき、結果として予算に収まっていって工事がスタートしていきました。
そんな困難を乗り越えながらも、こうした「豊かな場所が生まれ始めた理由」について、プロジェクトデザインを担当した原田さんは、さまざまな人々が関わりあってチームとなっていくことが、えんえんなりの「地域にひらくこと」へ結びついていると述べました。

原田さん:例えば、えんえんのような場所で、助け合いの世界をつくっていく――その“起点”を生むこと。それこそが、この建物に、屋根がある理由なのではないかと思うんです。
屋根があるからこそ、みんなが自然と来てくれるし、入りやすくなる。来てくれたら、外のスペースも活用してくれる。そういう空間なんです。
最近では、高齢者や地域の人たちも「あ、入ってもいい場所なんだな」と思い始めてくれています。そこに対して、チームで「じゃあ、どうすればもっと気軽に入ってもらえるだろう?」「新聞を置いてみる?」そんなふうに、みんなでアイデアを出し合いながら広げていけることが、この場所の一番の良さだと思っています。
「地域にひらく」という言葉は広義的ですが、えんえんの場合は、開放性がそこに該当している気がします。例えば、つねに庭がひらかれていたり、外とつながる設計になっていたりして、強いセキュリティでがちがちに閉じられているわけじゃない。夜に「さみしいな」と思った人が、そっと軒下に来られる、そんな空気感があります。

原田さん:こういうひらき方を含め、そのきっかけを、建築設計だけじゃなく、ソフト面をつくっていく福祉の実践者の皆さん、そして、私たちのようなデザイナーや編集者も含めて、さまざまな人たちが関わってかたちにしていく。実際に今回関わってみて思うのは、「みらいの福祉施設建築プロジェクト」においてなにより大切なのは、やっぱり“チームをつくること”なんじゃないかと思います。

輪になってこれまでを楽しげに振り返る、えんえんプロジェクトチームの皆さん。そのお話に耳を傾けていると、「チーム」とは、今ここにいる人たちだけでなく、これからえんえんに関わるすべての地域の人々も含まれているのかもしれないーーそんな思いが浮かんできます。
えんえんは正式なオープンを迎えるまえに、地域住民にその存在を知ってもらうため、家具作りや庭造りのワークショップや、マルシェなど、人々を巻き込む工夫を凝らしたイベントを企画してきました。


軒下広場に設置するベンチをみんなで作るうちに「ああ、ここでバーベキューしたいね」と声が上がり、庭造りのワークショップでは「この葉っぱでお茶を作って飲んでみたいね」と笑い合う、そんな場面が生まれているそう。さまざまな角度でデザインされた“かかわりしろ”をきっかけに、ご近所さんのなかにも、えんえんで過ごす時間が、少しずつ流れ始めているようです。
「また来るね、おっとってね」
このほかにも、オープンしたばかりのえんえんで、今どんなことが起こりはじめているのでしょうか。皆さんに投げかけると「掃除の話じゃないかな」「いいですね」と満場一致で挙がったエピソードがありました。
釘宮さん:子どもたちは、小学校の決まりで夕方6時までに家へ帰るルールになっています。なので、子どもたちは5時45分くらいにパッといなくなっちゃうんです。ですが、すぐ近所に住んでいる一人の子が「僕んちはすぐそこだから」と言って、最後まで残って掃除を手伝ってくれたんです。また、他の子どもたちも、公園にゴミが落ちていると「落ちてたよ」って拾って、持ってきてくれるようになりました。


子どもたちが、ここを「自分たちの居場所だ」と感じて、自発的に行動してくれるようになったことが嬉しいと語る釘宮さん。えんえんが10年、20年と続いていくとき、ここをどんな居場所にしていきたいのでしょうか。
釘宮さん:子どもたちから「来たんで(来たよ)!」「また来るね、おっとって(待ってて)ね」という言葉をもらうと、将来、彼らが大きくなって、いつかえんえんで勉強したり遊んだりした日々を思い出したときにも、戻ってこられるような場所になれたらいいなと思います。
また、赤ちゃん連れのお母さんとおばあちゃんから「ここって、来たいときに来てもいいんですね」と声をかけてもらうこともありました。そんなふうに、地域の人が気軽に集まれる「地区の家」になれるよう、これからも頑張りたいですね。
波多野さん:この羽田東公園も、今ほど賑やかに遊んでいる子どもたちを見かけることは珍しかったんです。それが今では、こんなにたくさん集まるようになって、正直ちょっとびっくりしています。えんえんを作ったことが、この風景につながっているのは嬉しいですし、これをそのまま、守っていきたいです。


矢橋さん:いまえんえんは、子どもたちが「ここはめちゃくちゃ居心地がいいから」って、自分たちで見つけて遊びに来ている段階です。次に起こることとしては、大人や高齢者の方も少しずつ足を運ぶようになってくると思うんですよ。
えんえんの“心地よさ”や“快適さ”が地域全体に浸透していくには、10年、20年とかかるかもしれません。でも、そうなったときこそ、この場所が本当の意味での「地区の家」になる。皆で過ごした思い出の場所にもなるし、これからの居場所になると思います。そうなってほしいなって。

既存の福祉制度や枠組みを超えた先にある「みらいの福祉施設建築」。今回の取材で、そのあり方の可能性を、えんえんから色濃く感じ取ることができました。地域の誰もが気軽に足を運べて、日々の暮らしに寄り添う「地区の家」、その挑戦はここから、さらに始まっていきます。
事業DATA
「制度のはざまにいる子どものケアとご近所さんの顔がみえる拠点づくり『えんえん』」(第2回採択事業)
所在地:大分県大分市大字羽田432
開設:2025年5月1日
敷地面積:988.66㎡
建築面積:454.17㎡ 建蔽率45.94%(60.00%)
延べ床面積:454.17㎡ 容積率 45.94%(168.80%)
最高の高さ:6.0325m
規模:平屋建
構造:鉄骨+CLT 造
用途地域:第 1 種中高層住居専用地域
耐火:その他建築物
実施事業団体:社会福祉法人大分県福祉会
https://oita-fu.com/
設計事務所:矢橋徹建築設計事務所
https://yabashi-aa.com/
えんえんプロジェクトチーム(敬称略)
堤郁夫、釘宮和代、安部渚、波多野加奈子ほか(滝尾保育園)
竹尾真由美(編集者)
原田祐馬、岸木麻理子※(UMA/design farm)※2024.10まで在籍
矢橋徹、上野拓美(矢橋徹建築設計事務所)
―
設計監理: 矢橋徹、上野拓美(矢橋徹建築設計事務所)
構造設計 : 白橋祐二(建築食堂)
設備設計:株式会社桑野設計
環境解析:henrik-innovation
照明デザイン:種子島ゆり(Yu light)
ランドスケープ:金子結花(野びる舎)、デザインネットワーク
VI+サインデザイン:原田祐馬、高橋めぐみ(UMA/design farm)
コーディネーター:竹尾真由美
施工 : 平倉建設株式会社
家具(ワークショップ):吉永圭史

※参考文献 「地区の家」と「屋根のある広場」イタリア発・公共建築のつくりかた(共著:小篠隆生、小松尚、鹿島出版会、2018.12)
*
【ニュースレター配信中!】
メールマガジンにて毎月、本プロジェクトの最新情報をお届けしています。ご興味のある方はこちらからご登録ください。