まだ見ぬ未来に向けた「みらいの福祉施設建築」実現を目指して[第3回 表彰式レポート]
Photo:内田麻美 Text:大島悠
2023年6月に公募を開始した「第3回 日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」は、審査の全工程を終え、助成対象となる事業を決定しました。2024年4月16日(火)、審査委員と事業実施団体の代表者を招いて表彰式を実施しました。今回は表彰式の模様をご紹介すると共に、長い時間をかけて「みらいの福祉」のあり方を真剣に議論し、これからその実現を目指す事業者および設計者のみなさんに、今後の意気込みと事業にかける想いをうかがいました。
地域の大学と連携し、子どもたちが集う「オープンな庭」をつくる
作品名:だんのはるオーガニックケアガーデン
事業実施団体:特定非営利活動法人 おおいた子ども支援ネット
設計者:有限会社アトリエ・ワン
設計デザイン案登録番号:NFP0022
おおいた子ども支援ネットは、「こどもたちの最善の利益」と「権利擁護」を基盤にした、包括的なこども支援事業を行うNPO法人です。大分県大分市を中心に、自立援助ホーム・子どもシェルターや、放課後等デイサービスなどを展開しています。
今回の事業計画は、「みらいの福祉とは、育ち合う場づくりである」と定義し、放課後等デイサービスに利用していた元修道院と隣接する民家を改修して、ランドスケープデザインを取り入れ、敷地全体を緑あふれるオーガニックケアガーデンに再整備するというものです。
この場所では、もともとの利用者である子どもたちや保護者はもちろんのこと、地域住民、そして近隣に位置する大分大学の学生たちが、庭仕事、調理と食事、読書などさまざまなふるまいを通して交流することができます。「人と植物とまちが育ち合うオープンな庭」として、地域資源の活用・循環や、みらいの福祉の担い手育成などにも取り組みます。
事業者コメント
私たちの施設がある地域では高齢化が進んでおり、いわゆる「おひとりさま世帯」で暮らす高齢者の方が増えています。施設の近くに大分大学がありますので、そうした地域特性を活かし、子どもたちと一緒になって地域をもう一度構築していく、そんな取り組みにつなげていきたいと考えています。本当にこれからが勝負だと思っています。箱をつくるだけではなく、中身をしっかりデザインしていきます。(特定非営利活動法人 おおいた子ども支援ネット)
設計者コメント
前回申請時までは既存の建物を壊して建て直すプランだったのですが、元の修道院の構造がとてもシンプルで綺麗なものだったため、改修に切り替えて設計を行いました。新築から改修に変更したことで、細かい建物の用途などではなく施設の全体像に目を向ける余裕が生まれたともいえます。今回はランドスケープデザイナーの方とチームを組み、建物そのものではなく「庭」を中心に人をつないでいくことを意識しました。新たな専門家との出会いによって生まれた計画だと思います。(有限会社アトリエ・ワン)
遊休農地の活用と森林管理を含む「農林福連携」を目指す
作品名:スウィートポテト・リトリート
事業実施団体:社会福祉法人 福祉楽団
設計者:有限会社アトリエ・ワン
設計デザイン案登録番号:NFP0025
福祉楽団は、千葉県・埼玉県エリアで高齢者や障害者、生活困窮者などに対するさまざまな福祉事業を展開しています。今回は同団体が2012年に立ち上げた食肉・加工品の製造・販売を行う「恋する豚研究所」を起点とし、障害者および若年刑余者等の支援を目的とした「農林福連携」を計画しました。
現在、全国から年間15万人の来客があるという「恋する豚研究所」は、人口減少が進む千葉県香取市において貴重な観光資源となっています。しかし周辺には、増加する遊休農地、放置された森林などが点在しており地域課題となっていました。
本計画では、地域の遊休農地を活用してサツマイモの栽培を行い、その工程をつなぐようにコテージや作業場などの施設を新たに建設します。都市部から訪れる滞在者と、施設を利用する障害者、刑余者が共に農業や森林作業に取り組める環境を整えることで、地域課題の解決と、利用者それぞれの特性に合わせた支援を可能にします。
事業者コメント
少年院にいる子どもがもともとの家庭にいたとき、きちんと三食の食事をとっていた人は約3割しかいないという現状があるそうです。当たり前のことではありますが、生活を整え、きちんと仕事をつくることが大切なのだと思っています。小さな一歩ではありますが、しっかり積み重ねることで地域の活性化にもつながるような取り組みをしていきますので、末長く見守っていただけたら幸いです。(社会福祉法人 福祉楽団)
設計者コメント
福祉楽団さんとは「恋する豚研究所」を設計して以来のお付き合いになります。はじめからこうした全体図を描いていたわけではなく、飯田さん(福祉楽団 理事長)と一緒に一つひとつの課題と向き合っていった結果、取り組みが芋づる式に広がって今回の提案に至りました。このように「芋づる式」であることが、建築設計においてもとても大事だと考えています。新しい施設で、利用者のみなさんと地元の人たちとの新たな関係性が生まれるよう、実現を目指していきます。(有限会社アトリエ・ワン)
「ずっと自宅で過ごしたい」地域の人たちの願いをかなえる拠点を整備
作品名:にちこれ
事業実施団体:医療法人 医王寺会
設計者:株式会社パトラック
設計デザイン案登録番号:NFP0045
医王寺会は、三重県松阪市で一次救急専門のクリニックとして2015年に事業をスタートした医療法人です。訪問看護・訪問介護にも取り組んでおり、地域の人たちが自宅で安心して暮らすための体制づくりに尽力しています。
松阪市では住民の高齢化が進む中で医療依存度が高くなり、自宅に戻りたくても戻れない人が多数存在しているうえ、救急車出動件数が増加し、その対応に追われる医療従事者が疲弊してしまうなどの問題が発生していました。
松阪市の関係者と長年にわたる対話を重ねた結果、今回の計画では、市内中心部に位置する敷地を活用して、看護小規模多機能居宅介護施設、短期入所生活介護施設、老人ホーム、カフェ、多目的施設など、さまざまな機能を内包する複合型の施設を新たに建設する予定です。住み慣れた環境で暮らし続けることを支える拠点を整備すると共に、地域で暮らす人たちがお互いに自然な形で手を差し伸べ合う、「互助の縁」を増やすことを目指します。
事業者コメント
私たちは決して認知度の高い団体・組織ではなく、一つの地域で地道に活動してきた民間の医療機関です。今回こうした形で自分たちの考えに耳を傾けてもらい、事業を応援していただけることになって、世の中の流れが変わってきていることを実感しました。みなさんもおっしゃっていますがあくまでもこれからがスタートですので、自分たちが提供するサービスについて、引き続き考えていきたいと思っています。(医療法人 医王寺会)
設計者コメント
医王寺会さんからの意向を受け、今回は2度目の挑戦です。正直なところ、前回の申請が不採択になったとき、最初は何をどう変えたらいいのか迷いました。しかし1度プランを練ったことで運営方針が定まり、今回は細部を具体化することができたと思います。行政とのやり取りを経て、実現可能性も高まりました。この施設を利用される方が生き生きと活動できるよう、これから実現に向けてさらに議論を重ねていきます。(株式会社パトラック)
キッチンを地域にひらき、小さなオーベルジュのような福祉施設を
作品名:多機能型重症児者等通所施設「すまいる畑」
事業実施団体:社会福祉法人 道
設計者:b.i.n木村敏建築設計事務所
設計デザイン案登録番号:NFP0097
社会福祉法人 道は、2014年に友人同士だった看護師6名で滋賀県彦根市に訪問看護ステーションを設立して以来、特定相談支援・障害児相談支援、多機能型重症児等デイサービスなどへと支援範囲を広げ、現在は地域包括ケアステーションとしての役割を担っています。
今回の計画は、利用者とスタッフの増加に伴い、もともとの拠点から徒歩2分の敷地に多機能型重症児等通所施設「すまいる畑」を新たに建設するものです。医療的ケア児者・重症心身障害児者とその家族のための生活介護、放課後等デイサービス、ショートステイが主な用途となります。
同施設では「食」を重要なテーマに据えており、利用者とスタッフが一緒に野菜を育て、調理を行うことを想定しています。それに加えてキッチンとテラス部分を街に向かってひらくことで、地域の人たちが自由に集い、ゆったりとした時間を共に過ごせるオーベルジュのような空間づくりを目指しています。
事業者コメント
スタッフ同士で話していたこと、自分たちが未来に向けて取り組んでいきたいと思ったことを、このような形で採択いただきうれしく思います。江戸時代に滋賀県で活躍した近江商人は、「三方よし」という理念を掲げていました。私たちの取り組みは本当に小さなちいさなものかもしれませんが、利用者さまとご家族、地域の人たち、そして私たちスタッフが一緒になって、みんなが幸せになれるよう進めていきたいと思っています。(社会福祉法人 道)
設計者コメント
一つ目の拠点である「森のお家」は、住宅地の中にあり周りから若干見えにくい立地でした。今回の施設は開けた街角の敷地に建設予定で、駅や線路にも近いので「街の顔」になればいいなと思い設計しています。施設のスタッフさんたちだけが利用者の方々をケアするのではなく、もっといろいろな人たちの力を借りて、街全体で福祉を実践できること、その拠点としてうまく活用してもらえる施設を目指したいと考えています。(b.i.n木村敏建築設計事務所)
江戸時代から続く理念を大切に、地域と福祉の日常的な関わりをつくる
作品名:みんなのまち-地域と福祉の日常的な関わりをつくるプラットフォーム-
事業実施団体:社会福祉法人 優樹福祉会
設計者:有限会社辺見設計
設計デザイン案登録番号:NFP0111
優樹福祉会は、福島県白河市で障害者を対象とした生活介護事業、日中一時支援事業、就労支援などを行う複数の地域サポートセンターを運営するほか、ひきこもり支援などにも取り組んでいる社会福祉法人です。
今回の計画は、就労継続支援B型事業および生活介護事業を軸とし、マルシェやカフェ、各種工房、共有広場など、多種多様な機能・役割を持つ建物・空間が混在するプラットフォームをつくるというものです。利用者以外の人たちもさまざまな経験・体験ができる場を設けることで、地域と福祉の日常的な関わりを創出しようとしています。
白河市には、江戸時代に藩主を務めた松平定信が「四民共楽」という理念を掲げ、士農工商の身分を超えて誰もが集える多目的庭園を整備したという古い歴史があるそうです。そうした土地のルーツと「共楽」の理念を合わせて受け継ぎ、すべての人にとってひらかれた拠点づくりを目指します。
事業者コメント
実は私たち、第1回目の公募から申請をしておりまして、今回は三度目の正直で採択いただきました。本当にうれしく思っています。先ほど審査委員の方から激励の言葉をいただき、この事業に取り組むことの責任の重さをひしひしと感じています。法人としてまだまだ未熟な点がたくさんあると思いますので、これからもいろいろなことを勉強し、吸収しながら取り組みを進めていきたいと考えています。(社会福祉法人 優樹福祉会)
設計者コメント
江戸時代の松平定信公から続く理念を受け継いで、今回の施設を設計しました。私たちの事業計画はこれまで2度不採択となりましたが、ただ落ちただけではなく、これから自分たちが実践していくみらいの福祉について、「もう一度考えろ」というきっかけを与えていただいたと思っています。私たちにとっては、その機会を得られたことが本当に大きいものでしたので、感謝しています。(有限会社辺見設計)
関連情報
審査委員総評・講評
審査委員による各事業に対する個別の講評は、公式サイト「結果発表」コーナーに掲載しています。合わせてご覧ください。
各事業者プレゼンテーション(最終審査会 動画アーカイブ)
2023年12月に行われた最終審査会(各団体のプレゼンテーションおよび質疑応答)の様子は、以下より全編ご覧いただけます。
第3回 日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト最終審査会
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