関係性をどう築く? 「みらいの福祉施設」で働くスタッフとの向き合い方
Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年から実施している「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」。2025年3月から、第5回の募集がスタートしています。「みらいの福祉施設とは何か」——この大きな問いをどう紐解き、どのような形に落とし込むか。申請にあたって、深く多角的な議論が必要となります。ここでは、これまで採択された事業者の実践を振り返り、そのヒントを探ります。今回、取り上げるキーワードは「働くスタッフとの向き合い方」です。
福祉業界全体が直面する「人材不足」問題
福祉業界全体において、多くの施設で喫緊の課題となっているのが「働くスタッフ」に関することではないでしょうか。
そもそも人手が不足していて採用に苦慮している、採用した後の人材育成やマネジメント、ひいては組織全体の運営がうまくいかないなど、さまざまな問題に頭を悩ませている事業者の方も多いと思います。
地域にひらかれた福祉施設をつくっていくプロセスの中で、施設の利用者とその家族、地域の人たちそれぞれの立場に立った議論を深めていくことになりますが、それと同時に、働くスタッフの視点も大切にしていく必要があります。
プロジェクトの特設サイト「みらいの福祉の例」でも、施設で働くスタッフに言及しています。
<スタッフ>
●施設で働くスタッフが誇りやいきがいをもって働くため、時代にあわせた組織運営(研修や情報共有、権限の移譲等)の仕組みを構築する。
新しい「みらいの福祉施設」を実現するにあたり、スタッフの働き方も合わせてアップデートすることが必要となる場合もあるでしょう。
今回は、2023年〜2024年に開所した福祉拠点(第1回採択事業者)を取材した際に、働くスタッフとの向き合い方が印象的だった取り組みをピックアップし、ご紹介します。
事例1:採用に4段階のステップを設け、徹底してビジョンを共有する
はじめにご紹介するのは、栃木県小山市にオープンした、医療的ケア児を対象とした多機能型デイサービスを提供する「Burano(ブラーノ)Oyama」です。
運営元である一般社団法人Buranoは、2018年から医療的ケア児・重症心身障害児とその家族のための施設を運営しています。

参考)地域の力を借りて、子どもたちの成長を支援する——医療的ケア児のための拠点「Burano Oyama」
https://fukushi-kenchiku.jp/article/20250301_burano.php
「働くスタッフとの向き合い方」ポイント①:スタッフの働きやすさにも配慮された設計
拠点を訪れ、建築について説明いただく中で特に感じたのが、働くスタッフのみなさんに対する手厚い配慮です。当事者である施設の利用者とそのご家族にとって、居心地がよく利用しやすいのは当然のことながら、さらにスタッフの方々の動きやすさ、働きやすさについても考え抜かれていると感じました。
2階のスタッフルームから1階を見渡せる建物全体の設計、用途によって2か所に分けられた水回り、オープンで広々とした療育室など、設計においてさまざまな工夫がなされています。

「働くスタッフとの向き合い方」ポイント②:スタッフを採用するまでに複数のプロセスを経る
Buranoでは、スタッフの採用に独自のプロセスを設けています。団体の代表をつとめる秋山さんはもともと民間企業の出身であり、福祉・介護に関する専門家ではありませんでした。そのため団体を立ち上げた当初は、専門職スタッフの採用とマネジメントがうまくいかず、いろいろと苦労されたといいます。
そこで秋山さんは、採用プロセスを一新しました。現在は採用前に、自分たちが目指すビジョンを説明したうえで、採用候補者が大切にしている価値観も丁寧にヒアリング。そこでお互いの方向性が一致していることが確認できた人にだけ、面接を案内しているそうです。
実際に施設で働く早乙女朋子さんも、採用プロセスが変化してから、スタッフとのコミュニケーションが取りやすくなった、と話してくれました。

事例2:一人ひとりのスタッフの「やりたいこと」を尊重し、起点にする
約5,000人が暮らす北海道河東郡鹿追町にて、2024年に開所した「れんがの家」は、認知症対応型デイサービスやカフェなど、複数のスペースを併設した多機能型の福祉拠点です。
同施設は、建物と敷地が自然に地域の一部として溶け込んでおり、利用者だけではなく、働く人や周辺に住む人たちの暮らしと地続きになっているのが印象的です。

参考)住み慣れた場所で、地に足のついた暮らしを続ける——地域の人たちと共に歩む福祉拠点「れんがの家」
https://fukushi-kenchiku.jp/archive/4th/article/20240923_renga.php
「働くスタッフとの向き合い方」ポイント①:地に足をつけた生活、日々の暮らしを重視
「れんがの家」の特色は、利用者のみなさんはもちろんのこと、周辺地域で暮らす人たちや働くスタッフも含めた「生活」が中心に置かれていること。福祉拠点としてサービスを提供する、というよりは、設計者である山本さんの言葉通り、「みなさんがこの地域で暮らし続けられるように必要なケアをしていく」という印象を強く受ける場所です。
かしわのもりの松山なつむさんは、「地に足のついた暮らしから学びながら、働くスタッフも含めて、自分の人生や暮らしを大切にしてほしい」と話してくれました。日々の仕事も、生活の一部。暮らしと地続きの働き方を、自然な形で実践されているように思います。

「働くスタッフとの向き合い方」ポイント①:地に足をつけた生活、日々の暮らしを重視
れんがの家でもう一つ印象的だったのは、カフェの運営や、絵本の読み聞かせなどのイベント企画の多くが、働くスタッフの「やりたい!」という意志から生まれたものだったこと。
何でも自由に取り入れられるものばかりではないとは思いますが、松山さんは、働くスタッフにも自分自身の夢を大切にしてほしいと考えており、実際に実現できることから形にしています。
例えば、拠点の完成と共にオープンした「れんがの家Cafe」は、もともと法人の事務を担当していた髙附孝子さんが店長を務めています。髙附さんがいつかチャレンジしてみたいことの一つが、カフェ運営だったそうです。

働くスタッフとの向き合い方を、さらに見直していく必要がある
今回は「働くスタッフとの向き合い方」をテーマに、2つの事業者の事例をご紹介しました。ハード面で工夫できることと、ソフト面の配慮が必要なこと。採用する段階で意識することと、施設運営の中で大切にしていくこと。他にも、視点を変えればさまざまなポイントが見えてくるでしょう。
業界内の問題だけではなく、日本全体で労働人口が減少していく中で、これから採用活動や人材のマネジメントはさらに難易度が上がっていくことが想定されます。だからこそ働くスタッフとの向き合い方も、改めて見直して議論していく必要があると考えます。
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