日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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出会い方はさまざま。福祉事業者と設計者の「よりよい協業」を実現するために必要なこと

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年から実施している「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」。2025年3月から、第5回の募集がスタートしています。「みらいの福祉施設とは何か」——この大きな問いをどう紐解き、どのような形に落とし込むか。申請にあたって、深く多角的な議論が必要となります。ここでは、これまで採択された事業者の実践を振り返り、そのヒントを探ります。今回、取り上げるキーワードは「事業者と設計者の協業」です。

福祉事業者にとって、設計者との出会い・協業が課題の一つ

かつての福祉施設は既存の法制度に合わせて、どちらかといえば管理する側の目線が優先される傾向がありました。

しかし近年、これから必要とされるであろう「みらいの福祉」と向き合い、今までとは異なる施設の設計に取り組む建築家や設計者が少しずつ増えているように思います。


参考)その設計は、「現状の最適化」に留まっていないか?[建築家・山﨑健太郎氏インタビュー]

2023年に実施した建築家・山﨑健太郎氏のインタビュー。同氏が設計を手掛けた福祉施設(デイケアセンター)「52間の縁側」は、2023年度「グッドデザイン賞」大賞を受賞した
https://fukushi-kenchiku.jp/article/20240405.php

しかし実際はどのように設計者を探せばよいのか、どんな風に依頼をすればいいのか、協業に慣れない福祉事業者も多く見受けられ、本プロジェクトにおいては、福祉事業者と設計者との協業が一つの課題となっています。

両者の協業は、事業者の想いとビジョンの共有からはじまる

お互いに異なる専門領域同士の協業を成立させるためには、プロジェクトの特設サイト「みらいの福祉の例」でもお伝えしているように、以下が必須となります。

<全体>
●時代と共に変化するケアのニーズやあり方に応えるため、制度に関わらず、地域や利用者のために大切にしているケアの理念や計画がある。

事業者として、どのような想いを持っているのか。どんなビジョンのもと、どのような「みらいの福祉」の実現を思い描いているのか。大切にしているケアの理念や計画を、まずは設計者に伝える必要があります。

ただ設計者側の声を聞いてみると、施設の設計を依頼するにあたって、最初から完璧に言語化したり、コンセプトをがっちり固める必要はないといいます。

Q.事業者は、設計者にどう希望を伝えればよいですか?

●完全にコンセプトなどを固めてから設計者に依頼しなければならない、と考えないことでしょうか。多くの設計者はそれを望んでいないと思います。矛盾も含めて情報を伝えてください。建築デザインで、それを解決する方法があるかもしれません。

●事業の計画は形になるに従い変化するものです。建築もその影響を受けて変わっていくものですので、最初からかっちり決めるよりも、対話する時間を大事にしながら一緒に深めていくことをおすすめします。

出典:第3回採択事業・設計者インタビューより

この前提を踏まえたうえで、どうすれば両者の協業をより良いものにしていくことができるか。これまで採択された事業者・設計者の話を聞くと、次のような共通点があるように思います。

1)施設を建築する地域に対する理解を共に深める
2)専門家として互いを尊重しつつ、対等な立場で議論を重ねる

今回は第1回公募で採択された事業者の中から、対象的な手段で協業を進めて行った事例をご紹介します。ただし、両者の協業を実現するための道は決してこの限りではありません。あくまでも一例として、参考にしていただければ幸いです。

事例1:身近な地域で活躍する設計者と、目線を合わせて共に場所をつくる

約5,000人が暮らす北海道河東郡鹿追町にて、2024年に開所した「れんがの家」は、認知症対応型デイサービスやカフェなど、複数のスペースを併設した多機能型の福祉拠点です。

運営元である特定非営利活動法人かしわのもりが、何世代にもわたって受け継がれてきた空き家を、持ち主の方から託されてオープンしました。

参考)住み慣れた場所で、地に足のついた暮らしを続ける——地域の人たちと共に歩む福祉拠点「れんがの家」
https://fukushi-kenchiku.jp/archive/4th/article/20240923_renga.php

「事業者と設計者の協業」ポイント①:拠点のある地域の近くで活動する設計者を探す

かしわのもりの松山さんご夫婦は「れんがの家」を計画するにあたり、まずは拠点の近隣エリアで活動する設計者に依頼したいと考えたそうです。

決して、地域外の設計事務所に依頼することに大きなデメリットがあるわけではありません。他の採択事業の中には、設計者が遠方から参画し、拠点のある地域に通いながらプロジェクトを進めた事例もあります。

ただ同じエリアで活動している前提があることによって、地域特有の課題感やその土地の人たちの暮らし方などの文脈を、感覚的にも共有しやすいといえます。

「事業者と設計者の協業」ポイント②:ビジョンに深く共感し、同じ目線で議論ができるパートナーを見つける

とはいえ「近くで活動しているから」というだけで、設計者をアサインするのは困難です。事業者としての理念やビジョンを、しっかり理解してもらえるか。プロジェクトパートナーとして、共に歩んでもらえるのか。お互いの専門分野をリスペクトしたうえで、十分な議論ができるのか。そうしたポイントも重要です。

「れんがの家」の事例では、共通の知人の紹介で出会ったという設計者の山本郁江さんが、松山さんご夫妻の想い、福祉事業者としての考え方などに強く共感したことから、パートナーとしてプロジェクトに参画。以来、事業者と同じ目線で、理想とする拠点づくりを共にしてきました。

周辺地域への理解と、理念やビジョンへの強い共感。この2つの要素が、プロジェクトを前進させるパートナーシップにつながったのではないでしょうか。

事例2:事業者としてのビジョンを伝え、著名な建築家に依頼して議論を深める

もう一つの事例としてご紹介するのは、それまで接点のなかった著名な建築家に依頼をしたケース。

広島県尾道市の生口島(いくちじま)にオープンした「ボナプール楽生苑」は、社会福祉法人新生福祉会が運営する新しい福祉拠点です。宿泊施設と交流スペース、商品開発ラボ、そして就労継続支援B型事業所の役割を複合的に担っています。

参考)「すべてはこの島のために」——観光×福祉で地域課題を解消する新しい複合施設「ボナプール楽生苑」
https://fukushi-kenchiku.jp/article/20250302_bonapool.php

「事業者と設計者の協業」ポイント①:「この建築家に依頼したい」想いを伝えてオファーする

ボナプール楽生苑を設計するにあたり、運営元である新生福祉会の理事長・山中康平さんは、著名な建築家である伊東豊雄さん(伊東豊雄建築設計事務所)に依頼をしたいと考えました。

ここで注意いただきたいのは、そのプロジェクトにとって最適な設計者であることと、建築家・設計者として有名か無名かは関係ない、ということです。山中さんも「有名だから」伊東さんに依頼したわけではなく、伊東さんのこれまでの実績をふまえ、その建築に魅力を感じてオファーを出したといいます。

もし「ぜひこの建築家に依頼したい」という明確な理由、根拠があるのであれば、山中さんのように思い切って声をかけてみるのも、協業を実現する一つの手段です。

「事業者と設計者の協業」ポイント②:異なる分野の専門家同士、対等に議論を重ねていく

どんな設計者に依頼するにしても、大切なことが一点あります。相手は建築のプロであって、決して福祉の専門家ではない、ということ。お互いに異なる分野の専門家同士として、対等な議論をしていくことが重要です。

ボナプール楽生苑では、事業者側の想いやビジョン、拠点の構想などを伝えた結果「すばらしい設計案を出してくれた」(山中さん)といいます。しかし、それをそのまま受け入れるのではなく、福祉事業者としての視点を伝え、何度も議論を重ねて、設計案をさらにブラッシュアップしていったそうです。こうしたプロセスが、「みらいの福祉施設建築」には欠かせないのです。

協業の仕方は多様でも、成功するプロジェクトには共通点がある

今回は2つの事業をピックアップし、それぞれどのように事業者と設計者の協業を進めて行ったのか、そのポイントをご紹介しました。繰り返しになりますが、両者の協業を実現するための道はさまざまであり、最適な協業の形もプロジェクトによって異なるものです。

ただし冒頭にご紹介した「施設を建築する地域に対する理解を共に深める」「専門家として互いを尊重しつつ、対等な立場で議論を重ねる」という点は、どのプロジェクトにも共通する要素であるように思います。

 

参考)福祉事業者のための「建築家の見つけ方」
https://fukushi-kenchiku.jp/archive/2021/topics/20210614-mitsukekata.html

 


 

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