日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト

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複数の事業が連携して地域の課題解決を目指す、新しい地域拠点のあり方

Photo:内田麻美 Text:大島悠

2021年から実施している「日本財団 みらいの福祉施設建築プロジェクト」。2025年3月から、第5回の募集がスタートしています。「みらいの福祉施設とは何か」——この大きな問いをどう紐解き、どのような形に落とし込むか。申請にあたって、深く多角的な議論が必要となります。ここでは、これまで採択された事業者の実践を振り返り、そのヒントを探ります。今回、取り上げるキーワードは「複数事業の連携」です。

地域が抱えるさまざまな課題を、解消する手段は何か?

「みらいの福祉施設建築」を目指すうえで欠かせない視点の一つが、地域への貢献です。プロジェクトの特設サイト「みらいの福祉の例」でも、以下のような項目を挙げています。

<全体(地域)>
●施設は地域を構成する一員であるという考えのもと、施設が地域ケアや地域の課題解決の機能を有する。
●利用者だけでなく、地域のために施設があるという認識のもと、施設に集う住民と利用者のつながりを生む仕掛けをつくる。
●地域住民が自然と施設に集まる仕掛けがあり、地域住民が施設を身近に感じたり、誇りに思うことができる。

これらの要件を満たすため、例えば「施設内にカフェを併設する」など、飲食事業が盛り込まれている事業計画をよく見かけます。ただし、必ずしもそれが「施設に集う住民と利用者のつながりを生む」もしくは「地域の課題解決の機能を有する」ための最適解であるとは限りません。

福祉以外の事業と連携して「場」をつくることには意義がありますが、場所や事業を継続的に運営し、その場を地域の中でしっかり活用していくことは、それほど簡単ではないからです。審査においても、以下のようなポイントを重視しています。

 ●その地域にとって必要な事業であるか
 ●地域課題をどのような形で解消できるのか
 ● 運営体制は十分に整っているのか
 ●場を活用するための仕組み、仕掛けは考えられているか

今回は、2023年〜2024年に開所した福祉拠点(第1回採択事業者)を取材した際に、複数の事業が連携することで、新たな地域の課題解決を担っていた事例をピックアップし、ご紹介します。

事例1:複数の事業が関わりあい、一つの施設内に共存

はじめにご紹介するのは、一つの施設内で、2つの法人がそれぞれ異なる福祉サービスを提供している事例です。東京都内の住宅街に拠点を構える「深川えんみち」では、1階で高齢者向けデイサービス、2階で子育てひろばと学童保育クラブを運営している他、私設図書館も併設しています。

参考)誰にとっても居心地の良い「居場所」をつくる——利用者に寄り添う複合型福祉施設「深川えんみち」
https://fukushi-kenchiku.jp/article/20240702_fukagawa.php

「複数事業の連携」ポイント①:協働の第一歩として、目的とビジョンを共有する

「地域へのひらき方」でもご紹介した深川えんみちは、社会福祉法人聖救主福祉会と、NPO法人地域で育つ元気な子の2団体が、それぞれ異なるサービスを提供しています。

 ●社会福祉法人聖救主福祉会:高齢者向けデイサービス/子育てひろば
 ●NPO法人地域で育つ元気な子:学童保育クラブ

近年ニーズが増している複合型の福祉拠点ですが、複数の団体が施設を共有し、運営を継続していくのは決して簡単なことではありません。しかし両団体の場合はこれまでも20年以上にわたり、共に同じ地域の総合福祉センター内で協働してきた実績がありました。

まずは「この地域の課題を解決する」という同じ目的とビジョンを共有することが、複合型拠点を運営していくうえでのスタートラインになると考えます。

「複数事業の連携」ポイント②:多様な人たちが多様な形で関われる余白をつくる

深川えんみちは、ソフト面だけではなくハード面(建築)でも、直接の施設利用者やその家族、周辺地域で暮らす人たち、もしくはその他の人たちもさまざまな関わり方ができるように設計されています。

例えば、併設された私設図書館は一箱本棚オーナー制度を利用しているため、利用者の家族や周辺地域で暮らす人たち以外との接点を生み出すことができます。

また大きな石窯を設置したり、屋上を利用できるようにしたりと、都心の限られた敷地でありながら、この場所に集う人たちを受け入れる余白を持たせているのも印象的です。

事例2:観光との掛け合わせで、徹底した地域課題の解消を目指す

「福祉拠点×観光業」という、新たな形態にチャレンジしているのは「ボナプール楽生苑」。広島県尾道市の生口島(いくちじま)で長年にわたり福祉事業を営んできた、社会福祉法人新生福祉会が新たに立ち上げた福祉拠点です。

同施設は就労継続支援B型事業所としての役割を果たすと同時に、宿泊施設として旅行雑誌やポータルサイトにも掲載されており、観光で訪れた利用客の方から高い評価を得ています。

参考)「すべてはこの島のために」——観光×福祉で地域課題を解消する新しい複合施設「ボナプール楽生苑」
https://fukushi-kenchiku.jp/article/20250302_bonapool.php

「複数事業の連携」ポイント①:地域課題解消のために必要な事業を掛け合わせる

生口島は、瀬戸内海の西部に位置する芸予(げいよ)諸島の一つ。このエリアは、国内外から大勢のサイクリストが集う観光地でもあります。ただ、訪れる人たちの宿泊施設が不足している、という課題があったそうです。

運営元の新生福祉会は、「(島内に住む)障害をもつ人のための就労施設が遠い」という福祉の課題と、「宿泊施設の不足」という観光業の課題を「地域課題」として捉え、その解消のために必要な要素を掛け合わせた新たな拠点を考案しました。

ちなみに、宿泊施設でありながら施設内で食事の提供をしていないのは、近隣の商店街の飲食店を利用できるからだといいます。この意思決定ひとつとってみても、地域のニーズについて徹底的に考えられていることがわかります。

「複数事業の連携」ポイント②:それぞれの事業の専門家が集いチームを形成

宿泊施設を併設するにあたり、本プロジェクトでは企画段階から、観光事業の専門家である阪本浩和さんがチームに参画しています。

福祉と観光、そして建築の専門家が一つのチームになり、それぞれ対等な立場で議論を重ねることによって、施設運営および事業そのものの継続可能性を高められたのではないでしょうか。

さまざまな可能性を秘めた事業連携の可能性

今回は第1回採択事業の中から、複数の福祉事業者が連携している「深川えんみち」と、異なる業種が連携した「ボナプール楽生苑」、2つの事例をご紹介しました。

それぞれの地域で必要とされる福祉を担いつつ、その他の地域課題やニーズを解消するための事業連携を試みるケースは、今後ますます増えていくのではないかと思います。さまざまなあり方、連携の方法、掛け合わせ方が検討できると思いますので、ぜひ新しい発想で「みらいの福祉施設」を考案いただければと思います。

 


 

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